紀州東照宮の春の例祭・和歌祭では、神輿の御渡の際にさまざまな行列が連なり練り歩く。その一つ、面掛行列(通称百面)で使用されてきた古い仮面、あわせて九六面は、中世の猿楽面や近世初頭の優れた能面、神楽面など多種からなる仮面群で、和歌山県立博物館が調査・研究を進める中、平成二一年に和歌山県指定文化財となった。うち九面については平成18年?20年にかけて修理も行い、新たな発見と情報が数多く得られた。
最初に修理に取りかかった一面が、円形の輪郭に、笑みをたたえた眼と曲がった鼻、引きつった頬とゆがんだ口を表現した男面である。これは、単に滑稽な表情ということではなく、症状でいえば「顔面神経痛」ともいうべきもので、いわば自らの表情を自らの心でコントロールできない状態を示している。実はこういった表情を示す仮面は、日本だけでなく、東アジア一帯で広く確認することができるものである。おそらくこれは、神憑りとなったシャーマン(霊媒師)の表情を示している。この仮面を身につけるものは、まさしくその身に神が降り立った聖なる存在として、本来なんらかの神事で使用されたのだろう。
修理以前は、全体に黄色いペンキが厚く塗られていた。そのままでは仮面本来の情報が読み取れないので、表面の彩色層を除去する修理を行うことにした。かつて割れたことがあったことは痕跡から想定していたが、修理を始めると、八つの細かな断片に分かれていた。粉々、といってよい壊れ方である。その仮面の部品をつなぎ合わせて、修理の跡を隠すために塗られていたのが、表面のペンキであったわけである。結果、下層に一部ではあるが古い彩色層が残されていたので、それがわかるように修理を仕上げた。仮面本来の姿を、ようやく取り戻すことができたのである。しかし、確かにペンキが塗られていたとはいえ、かつて行われた修理を私は評価したい。粉々になった細かな断片を一つも捨てずにつなぎ合わせ、なんとかして仮面を残そうとした人々の思いが、修理を通して改めて感じられたからである。
祭礼で使用する仮面は、どうしても破損や汚損の可能性がある。仮面自体が信仰対象である場合、古い仮面でも使用し続けなければならない。しかし面掛行列の場合、本質はマレビト(客人)を迎える祝祭性にあり、仮面の新旧は問われない。近世・近代に多数の仮面が追加されていることがそれを証明している。
現在、新しい面掛用仮面の製作・寄進が、NPO万葉薪能の会と能面文化協会によって継続的に進められている。祭礼の維持と、古い仮面の保存という相反する重要な問題への、唯一とも言っていい解決策であると思う。面掛行列、そして和歌祭を未来へと伝えていくために地域を主体として進められているその新面奉納事業が、極めて意義深いものであることを強調しておきたい。(学芸員 大河内智之)
男面(修理後) 男面(修理前) 男面(修理中)
→企画展 「新発見・新指定の文化財」
→和歌山県立博物館ウェブサイト