道成寺縁起の異本に日高川草紙というのがあります。「賢学草子」とも呼ばれます。
展示解説の時などに聞かれることが多かったので、
少し詳しく日高川草紙について紹介させていただきます。
まずはあらすじを簡単に紹介しておきます。
遠江国橋本(静岡県浜松市)の長者の娘である花姫と、
三井寺(滋賀県)の僧である賢学の話です。
賢学は、遠江国橋本宿の長者の娘と結ばれる運命にある、と神様から夢のお告げがありました。
そこで、実際に遠江国橋本宿に行ってみると、そこには5歳になる花姫がいました。
賢学は修行の妨げになると思い、懐に偲ばせた刀で花姫を刺し殺そうとして、
胸を刀で突いて逃げました。幸い姫は一命を取り留めました。
傷も癒え美しく成長した花姫は京都へのぼりました(このとき姫は16歳)。
賢学は、花姫とは知らずに、京都清水寺で運命的な再会を果たし、
賢学は一目惚れをして花姫と結ばれます。
(賢学と花姫が結ばれる場面)
その後、賢学は自分が刀で刺した娘であることを知り、花姫との逃れられぬ因縁を思い知ります。
そこで、賢学は仏教の修行のために花姫を捨てて熊野へと向かいます。
(賢学が那智の滝で修行してる場面)
賢学に捨てられた花姫は、賢学を追いかけて日高川を渡るなかで大蛇に変身します。
(顔は鬼、体は蛇となり日高川を渡り、賢学を追いかける場面)
賢学は、とある寺の鐘のなかに隠れますが、花姫は鐘を壊して賢学を取り出し、
川の底へと引きずり込みました。
(鐘に巻きつく大蛇と成った花姫)
(賢学とともに川の底へ潜る花姫)
その後、賢学の弟子達が二人のために、念仏で供養しました。
このようにみると、
・僧が熊野へ向かうこと、
・女性がそれを追いかけて日高川を渡る中で大蛇に変身すること
・僧は寺の梵鐘に隠れること
・僧と女性が供養されること
などの共通点があります。
一方で違う点として、
・主人公(男女とも)の名前
・出会いの場面 → 日高川草紙では京都の清水寺
・アプローチ → 日高川草紙では僧が女性に一目惚れ
・蛇への変身 → 日高川草紙では足下から蛇に変身(顔は鬼の面)
・逃げ込んだ寺 → 日高川草紙では、「とある古い寺」とあるだけで道成寺とは記されない
・鐘をどうするか → 日高川草紙では鐘を壊して僧を取り出す
・供養の方法 → 日高川草紙では念仏で供養
などがあります。
いろいろと考えてみなくてはならない点はあるのですが、結論的に言えば、
日高川草紙は、道成寺縁起をモチーフとして、仏教色を薄くして、
都風に話をアレンジしたものだと言われています。
なお、絵は別の絵巻物(華厳宗祖師絵伝)の影響を受けているのではないか、
という指摘もあります。
江戸時代には、様々な道成寺縁起が作られましたが、
都風の異本まで作られていたのです。
このような道成寺縁起文化の広がりを、
日高川草紙で味わっていただけたらと思います。
なお、詳しく知りたい方は、
工藤早弓『奈良絵本』下(紫紅社文庫 2006年)
臼田甚五郎「日高川草紙をめぐって」(『野州国文学』8 1971年)
千野香織「日高川草紙にみる伝統と創造」(『金鯱叢書』8輯 徳川黎明会 1981年)
などをご参照ください。
(学芸員 坂本亮太)