【事業名称】
「あらゆる人びととつながる博物館づくり事業」
(平成26年度文化庁「地域と共働した美術館・歴史博物館創造活動支援事業」採択)
【事業主体】
和歌山県立博物館施設活性化事業実行委員会(委員長:伊東史朗)
事業協力:歴史資料保全ネット・和歌山(実行委員会構成団体)、和歌山県立博物館友の会(実行委員会構成団体)、和歌山県立和歌山工業高等学校、和歌山県立和歌山盲学校ほか
【事業目的】
和歌山県立博物館では、和歌山県内に残された豊富な文化財を後世に伝えるために、資料の調査研究、収集保管、展示等普及事業を行ってきましたが、近年では文化財の盗難防止や文化財を通じた防災対応への啓発など、従来の博物館事業の枠組みの中では想定されなかった案件についても、博物館機能を活用しながら取り組みを始めています。
また博物館が恒久的な教育上の使命を遂行するための社会的環境たりえるよう、あらゆる人々に開かれた博物館作りを志向して、例えば視覚障害者の博物館利用促進の取り組みについても行い始めているところです。和歌山県立博物館のこうした新たな取り組みのそれぞれは、全国的に類例の少ない先駆的な事業であり、いまだ萌芽期とはいえ、継続的に実践事例を積み重ね、さらなる事業内容の充実と展開、及び理論の構築を図っていく必要があります。
地域における文化財の盗難防止や文化財を通じた防災対応という問題は、根本的には地域コミュニティの活性化や再生といった大きな政治課題とも関連する問題であり、博物館としてはその機能(調査・研究・収集・保管・展示・普及)を活用し、地域の人々と資料を結びつけ、郷土の文化や歴史への関心を高める紐帯としての役割を担いうるものと考えています。例えば博物館における調査の蓄積、地域とのつながりを基盤にして潜在的なニーズを見出し、工業高校と資料所蔵者、大学等研究者と自治体や地域住民を博物館がハブとなって結びつけていくことなどです。
またあらゆる人々に開かれた博物館とするために、特に博物館における少数利用者への環境整備を行うため、視覚障害者のための整備においては盲学校、日本点字図書館、工業高校ほかと連携をとり、また外国人利用者のための整備においては県庁企画部文化国際課等との連携を行い、行政と地域住民、大学やその他の教育機関など、あらゆる人々をつなげていく中で、博物館の存在意義と新たな役割を広く普及していくことが、本事業の目的です。
目的の達成にあたっては、「地域に眠る「災害の記憶」の発掘・共有・継承事業」、「常設展グローバル化事業」、「さわれる資料による文化財の保存・活用と博物館のユニバーサルデザイン化事業」の3事業を行いました。以下、各事業の内容と実績を報告します。
【事業内容と実績報告】
1、地域に眠る「災害の記憶」の発掘・共有・継承事業
本事業では、和歌山県立博物館友の会、民間ボランティア組織である歴史資料保全ネット・わかやまや東南海・南海地震に伴う津波被害が想定される地域の教育委員会や自主防災組織と連携し、先人たちが残した「災害の記憶」を風化させることなく、地域全体で共有し、継承し、将来起こりうるであろう東南海・南海地震津波に対して、地域住民が自らの生命と財産(文化財を含む)を守っていく活動を支援していく取り組みを行いました。同時に、被災という事態を想定して、被災した文化財を保全する活動の前提となる対象地域に残されている文化財を把握しようとする取り組みも行いました。
実績として、小冊子『先人たちが残してくれた「災害の記憶」を未来に伝えるⅠ』30,000部を印刷し、うち26,000部は調査対象地域である御坊市、美浜町、日高川町、那智勝浦町で全戸配布しました。このほか、県内の市町村の防災担当部署、教育委員会の文化財担当部署、図書館、来館者などにも配布しています。
平成27年1月24日(土)~3月8日(日)に開催した企画展「描かれた紀州」では、今回の調査で所在が明らかになった「災害の記憶」に関わる資料を展示し、希望する来館者(2945人)に対して、前述の小冊子を配布しました。
平成27年2月28日(土)と3月1日(日)には、現地学習会「歴史から学ぶ防災」を調査対象地域である那智勝浦町と御坊市で開催しました。開催に際してはチラシを作成し、前述した4市町を中心に配布し、両日とも90人の参加者を得ました。学習会終了後に行ったアンケートでは、今回の調査対象であった災害記念碑については、存在は知っていても、その内容について詳しいことは知らなかったとの回答が多く寄せられています。こうした点から、今回の事業を通じて、地域に残る「災害の記憶」(災害記念碑)を発掘し、地域の人に共有、継承していくという目的は、一定度達成できたと考えます。
左:御坊市浄国寺での調査風景 右:那智勝浦町での現地学習会のようす
2、常設展グローバル化事業
本事業では、和歌山県の歴史・文化財の流れを紹介している和歌山県立博物館の常設展「きのくにの歩み−人々の歴史と文化−」における歴史展示の展示解説について、外国人利用のための環境整備を行うものです。その方法としては、既存の展示構成を大幅に改変することなく、番号キャプション・概説パネルとパンフレットのリンク構造により、多言語対応をめざしました。対象言語としては、近年の海外からの旅行者の傾向から、英語・中国語(簡体字版・繁体字版)および日本語としました。翻訳作業は、和歌山県企画部文化国際課所属の国際交流員に依頼しています。なお、このような展示手法をとったことを、県内・関西圏を中心とした旅行業者・観光案内所・ホテル等へ案内チラシを発送しました。
近年、当館が所在する和歌山市内でも、外国人旅行者の姿が多く見られます。こうした状況の下、今回の事業で実施できた外国人旅行者への対応は、当館を利用する外国人、とくに中国語・英語を理解できる入館者の利便性を高めることができたものと考えます。近隣にある和歌山城でも外国人向けパンフレットを準備しており、和歌山市中心部における外国人が楽しめる観光スポットの形成につながる可能性が考えられます。今後、外国人の利用状況や満足度などについて、継続的に効果測定を行っていく予定です。
常設展示室内の多言語パネル
3、さわれる資料による文化財の保存・活用と博物館のユニバーサルデザイン化事業
視覚に障害のある人の博物館利用促進のため、和歌山県立和歌山工業高等学校や和歌山県立和歌山盲学校と連携してさわれるレプリカとさわって読む図録を作製し、利用者の誰もがレプリカや図録を通して楽しく学べる博物館のユニバーサルデザイン化を進めました。また和歌山県内所在の文化財のうち、盗難や災害等で被害を受ける可能性のある重要資料を県立博物館で保管するとともに、そのレプリカを作成して所蔵者へ提供し、伝来地域の環境変化を最小限に留めながら文化財を保存する方法の構築を計りました。3Dプリンターや特殊樹脂など最新の機器、技術を活用することで、資料の保存と活用の新たな方法を構築し、人と資料と場を結びつける、全ての人に開かれたあるべき博物館づくりをめざしました。
県立和歌山工業高等学校との連携で作製したさわれる文化財レプリカ(安楽寺神像)は、特別展「熊野-聖地への旅-」(10月18日~12月7日)で展示公開し合計7278人の利用者がありました。また平成26年度バリアフリー・ユニバーサルデザイン推進功労者表彰の内閣総理大臣表彰受賞を記念して開催した「さわれるレプリカとさわって読む図録-博物館展示のユニバーサルデザイン-」(12月19日~2月22日)でも展示公開し合計701人の利用者がありました。その後も常時展示公開しています。資料の形を直接体感することで視覚障害者が情報にアクセスする手段として高い効果があり、かつ誰もが公平かつ柔軟に楽しめ、破損による影響も少なく、博物館展示のユニバーサルデザイン化を促進させる効果があったと考えています。
また紀の川市穴伏円福寺の愛染明王立像の文化財レプリカを作成し、実物は博物館で保管して現地にレプリカを安置しました。盗難や災害の被害から文化財を守りながら、信仰環境の変化を少なくする取り組みで、被提供者からは「複製ではなく分身として大切にしたい」「高校生が一生懸命作ってくれてありがたい」等の意見があり、顕著な防犯効果がありました。
県立和歌山盲学校との連携で作製したさわれる図録については、内容の平易化などの工夫で、さまざまな視覚障害者の郷土学習、美術学習の教材として作成しました。全盲の利用者から「曼荼羅がどんなものか初めて分かった」などといった意見があり、学習効果が高いことを確認しました。
左:安楽寺神像(各左側が実物) 右:円福寺愛染明王立像(左)とそのレプリカ(右)