【事業名称】
「和歌山県の核となる新時代の博物館づくり事業」
(平成28年度文化庁「地域の核となる美術館・歴史博物館支援事業」採択)
【事業主体】
和歌山県立博物館施設活性化事業実行委員会(委員長:伊東史朗)
事業協力:歴史資料保全ネット・和歌山(実行委員会構成団体)、和歌山県立博物館友の会(実行委員会構成団体)、和歌山県博物館施設等災害対策連絡会議、和歌山県立和歌山工業高等学校、和歌山県立和歌山盲学校ほか
【事業目的】
本事業では、新時代の博物館における機能のあり方を実践的に検討することで、地域における高度な課題に対応する地域の核となる博物館づくりを進めました。
「携帯端末を用いた展示解説システム開発事業」では既存の館保有データと汎用的なアプリケーションを活用した、簡便に情報の更新や追加を行える展示解説システムの開発を行うことができました。
「地域に眠る「災害の記憶」と文化遺産を発掘・共有・継承する事業」では、過去の「災害の記憶」を地域全体で共有し、継承していくことで、将来起こりうるであろう東南海・南海地震に対し、地域住民が自らの生命と財産を守っていく活動を支援する取り組みを行いました。調査対象地域において15回の調査を行い、調査報告書の作成、画像データの収集を行って、災害時に被災した文化財を保全する活動がより円滑に進められるようになったといえます。調査対象地域の住民に対しては、小冊子『先人たちが残してくれた「災害の記憶」を未来に伝えるⅢ』を配布し、現地学習会「歴史から学ぶ防災2016 -命と文化遺産を守る-」を開催し、情報の共有化を図ることができました。
「さわれる資料による文化財の保存・活用と博物館のユニバーサルデザイン化事業」では、視覚に障害のある人の博物館利用促進のため、和歌山県立和歌山工業高等学校・和歌山県立和歌山盲学校と連携し、さわれるレプリカとさわって読む図録を作製し、誰もがレプリカや図録を通して楽しく学べる博物館のユニバーサルデザイン化を進めました。また過疎地域所在の文化財の盗難・減災害対策としてる重要資料を県立博物館で保管するとともに、そのレプリカを作成して所蔵者へ提供し、伝来地域の環境変化を最小限に留めながら文化財を保存する方法を構築しました。どちらも実際的な効果の期待される先進的な取り組みであり、広報効果も高かったといえます。
このように本事業で行った3つの事業については、博物館内においては利用者のユーザビリティーを高め、かつ視覚障害者の利用促進を図ることができ、博物館外においては博物館がハブとなって地域・人・諸機関をつなげる先進的な資料保全のあり方を構築することができたものと考えています。
【事業内容と実績報告】
1、携帯端末を用いた展示解説システム開発事業
本事業においては、和歌山県立博物館において現在展示している常設展「きのくにの歩み−人びとの生活と文化−」の構成をもとに携帯端末により展示鑑賞のサポートを行う鑑賞支援ツールを制作しました。テキスト・画像・音声のデータは、これまで和歌山県立博物館が行ってきた活動の中で蓄積されたものを利用し、データ入力・更新作業は、館職員が行うもので、館内に整備済みのWi-Fi環境を活用しています。
効果としては、既存の館保有データ(テキスト・画像・音声)を活用し、また汎用的なアプリケーションを活用することによって、比較的簡便に展示解説システムを開発することができたこと、利用者にとっては個人の携帯端末で展示コーナーごとに、任意の解説情報(テキスト・画像・音声)を引き出すことができ、また携帯端末を持たない利用者には、展示室据付タブレットや貸出用タブレットにより、活用することができるようにしたことを挙げられます。データ管理用のサーバでは、館職員が任意で情報データの加除をできるようにしているため、昨年度に整備した外国語(英語・中国語・韓国語)のデータを加えることも可能です。今後、来館者の利用状況・反応を見ながら、利用促進の手法を検討することが必要と考えています。
操作用端末
常設展示室設置状況
2、地域に眠る「災害の記憶」と文化遺産を発掘・共有・継承する事業
歴史資料保全ネット・わかやま(民間ボランティア組織)、和歌山県内の博物館施設等で構成される和歌山県博物館施設等災害対策連絡会議、東南海・南海地震に伴う津波被害が想定される市町村の防災担当部局・教育委員会、自主防災組織などと連携し、過去の「災害の記憶」を地域全体で共有し、継承していくことで、将来起こりうるであろう東南海・南海地震に対し、地域住民が自らの生命と財産を守っていく活動を支援する取り組みを行いました。同時に被災という事態を想定し、被災した文化財を保全する活動の前提となる被害想定地域の文化財の所在確認調査を行いました。また、かつて被害想定地域に所在し、現在神奈川大学日本常民文化研究所所蔵となった資料が存在していることから、それらの資料の所在確認を行い、写真撮影を行いました。なお調査対象地域は印南町・由良町でした。
調査対象地域において15回の調査を行い、調査報告書の作成(県立博物館・文化遺産課・県立文書館と地元教育委員会で情報共有)と画像データの収集(県立博物館・文化遺産課・県立文書館で共有)を行いました。これによって、災害時に被災した文化財を保全する活動がより円滑に進められるようになっています。調査対象地域の住民に対しては、小冊子『先人たちが残してくれた「災害の記憶」を未来に伝えるⅢ』(平成29年1月17日発行、1万冊)と現地学習会「歴史から学ぶ防災2016 -命と文化遺産を守る-」のチラシ(1万2千枚)を、関係自治体の協力を得て、調査対象地域の全戸と県内の関係機関に配布しました(小冊子については和歌山県博ホームページからもダウンロード可能)。また印南町と由良町で、「災害の記憶」の発掘と文化遺産の所在確認調査で明らかになった内容を住民に伝える現地学習会を実施しました(印南町は平成29年2月25日参加者75人、由良町は同年2月26日参加者94人)。参加者を対象に行ったアンケート調査から、発掘した「災害の記憶」について、詳しく知らない参加者が印南町で7~8割以上、由良町では9割以上いることが明らかになり、今回の事業に大きな効果があったことが確認できました。また、かつて被害想定地域に所在し、現在神奈川大学日本常民文化研究所(横浜市)の所蔵となっている資料が存在していることから、常民研での所在確認調査も実施し、目録作成と写真撮影を行いました。
現地調査(印南町・西岸寺谷)2016年8月30日
現地調査(印南町・印定寺)2016年10月7日
検討会議(於和歌山県博)2016年11月21日
現地資料調査(由良町・衣奈八幡神社)2016年12月3日
現地聞き取り調査(由良町役場)2017年1月15日
現地聞き取り調査(印南町公民館)2017年1月25日
現地学習会(印南町・報告)2017年2月25日
現地学習会(印南町・ワークショップ)2017年2月25日
現地学習会(由良町・報告)2017年2月26日
現地学習会(由良町・ワークショップ)2017年2月26日
神奈川大学日本常民文化研究所所蔵資料調査1 2017年3月13日~17日
神奈川大学日本常民文化研究所所蔵資料調査2 2017年3月13日~17日
3、さわれる資料による文化財の保存・活用と博物館のユニバーサルデザイン化事業
本事業では、視覚に障害のある人の博物館利用促進のため、和歌山県立和歌山工業高等学校・和歌山県立和歌山盲学校と連携し、さわれるレプリカとさわって読む図録を作製し、誰もがレプリカや図録を通して楽しく学べる博物館のユニバーサルデザイン化を進めました。また和歌山県内所在の文化財のうち、盗難や災害等で被害を受ける可能性のある重要資料を県立博物館で保管するとともに、そのレプリカを作成して所蔵者へ提供し、伝来地域の環境変化を最小限に留めながら文化財を保存する方法を構築しました。
平成28年度は県立和歌山工業高等学校との連携により、紀の川市横谷区茶所所蔵仏頭、高野町花坂観音堂所蔵阿弥陀如来坐像の文化財レプリカを作製(着色は和歌山大学学生が担当)、それぞれ実物は博物館で保管して、現地にレプリカを安置しました。盗難や災害の被害から文化財を守りながら、信仰環境の変化を少なくする取り組みで、被提供者からは「末永く大切にしたい」等の意見があり、顕著な防犯、防災効果がありました。またこの2つの作品を含む7体の仏像を素材として、県立和歌山盲学校との連携でさわって読む図録『さわって学ぶ 仏像の基礎知識』を作製しました。難解になりがちな内容を平易化し、視覚障害者の郷土学習、美術学習の教材とした。近畿盲学校、主要点字図書館ほかでの活用を図る。全盲の利用者から「仏像のかたちの違いが分かった」などといった意見があり、さわれる絵による学習効果が確かめられた。またこの図録に掲載したものと同じさわれる文化財レプリカ7体を展示するロビー展「さわって学ぶ 仏像の基礎知識」(平成29年3月28日~6月4日)も開催、会期後も常時展示公開を予定しています。資料の形を直接体感することで視覚障害者が情報にアクセスする手段として高い効果があり、かつ誰もが公平かつ柔軟に楽しめ、破損による影響も少なく、博物館展示のユニバーサルデザイン化を促進させる効果がありました。
レプリカ作製のようす
作製した花坂観音堂の阿弥陀如来坐像レプリカ(左:実物、右:レプリカ)
文化財レプリカの現地奉納〔防犯対策)2017年2月7日
さわって読む図録『さわって学ぶ 仏像の基礎知識』
ロビー展「さわって学ぶ 仏像の基礎知識」のようす
【事業の今後への展開】
本事業のうち「地域に眠る「災害の記憶」と文化遺産を発掘・共有・継承する事業」については、さらに未調査地域における関連資料の把握を行うことが必要であり、また海岸地域以外の水害発生地域の調査も進めるため次年度は新宮市・北山村での調査・普及事業を計画しています。
「さわれる資料による文化財の保存・活用と博物館のユニバーサルデザイン化事業」については、防犯体制を作ることに苦慮している地域におけるひとつの解決策であることが確かめられ、また情報伝達手法としてのさわれる資料の有効性も確かめられることから、事業を継続して普及に努める必要があり、次年度には企画展「和歌山の文化財を守る-仏像盗難防止対策と近年の文化財修理-」(9月1日~10月4日)の開催を計画しています。