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染織品の魅力を伝えること―展示と図録写真の両方を通して―

「華麗なる紀州の装い」展は、当館でもめずらしい染織品を中心とした展覧会です。
染織品は、日本の文化財の中でも、もっとも傷みやすいものの一つであるため、染織品ばかりを集めた展覧会をするのは、なかなか難しい現状にあるといえるでしょう。
というのも、染織品の劣化や色あせを防ぐために、通常の展覧会よりも、光の量を少なくしなければなりませんし、また、展示できる日数にも制限があります。
このような、さまざまな制限や制約にもかかわらず、あえて、今回、たくさんの古い染織品を展示したのは、染織品のほんとうの魅力は、展覧会で実際に作品を見ていただくことでしか、伝わらない部分があるからです。
そうした魅力の一つが、布や裂(きれ)や刺繡(ししゅう)の持つ質感であるといえます。
糸と糸により織り出された染織品の表面の質感、すなわち、細い糸が、わずかに浮き出したり沈んだりすることによって表現される染織品本来の凹凸(おうとつ)や、糸が浮くことによって生じる光るような艶(つや)は、映像や写真などだけでは、充分に伝えきれない部分です。
実際に展覧会で作品をご覧いただいて、その質感を体験していただくしかありません。
DSC06306(小)
とはいえ、染織品本来の魅力が、展示をご覧いただくだけで、全て体験していただけるかというと、必ずしもそうではありません。
先に述べたように、展覧会の会場では、光の量や当て方などに、さまざまな制限や制約があるため、染織品の魅力を充分にお伝えできるような展示を、できる場合とできない場合があるのです。
たとえば、染織の地の部分などに綾で文様があらわされている場合、ある特定の方向から光を当てないと、地の文様がはっきり見えないということがあります。展示では、たいてい一つの方向からしか光を当てられないため、そうした地の文様が充分に見えないという場合もあるのです。
そういう場合には、展覧会の開催にあわせて発行している図録の写真が参考になります。
写真では、特定の方向から光を当てて撮影することもできるため、展示でははっきり見えないような文様が、綺麗に撮影できることもあるのです。
同じように、染織品の全体の姿も、展示だけでは充分にお伝えすることができません。
今回展示している染織品の大半は、人が身につける衣服などが中心ですから、本来は、立体的なものです。衣服には正面と側面と背面があり、中には、正面と背面で文様が大きく異なるものもあります。また、多くの衣服は、たいてい裏地がついた袷(あわせ)仕立てとなっているため、用いられている裂にも表地の裂と裏地の裂とがあるのです。
しかし、実際の展示では、当館の展示室の設計上、正面と背面を両方をお見せすることはできませんし、ましてや、装束を裏返したりして裏地を見せることも不可能です。
こうした場合にも、図録に掲載した写真が参考になります。
図録では、衣服の本来の形がわかるように、可能な限り、正面と背面の写真を両方掲載しました。
古沢紺地狩衣図録ページ(小)
また、裏地に用いられている裂が重要な意味を持つような場合には、表地と裏地の両方の拡大写真を掲載したのです。
速玉萌黄浮線綾衵図録ページ(小) 衵 萌黄小葵浮線綾丸文二重織 裏地文様部分 衵 萌黄小葵浮線綾丸文二重織 文様部分
最後にもう一つ、展示だけでは充分にお伝えすることができない染織品の魅力の一つに、織組織(おりそしき)があります。
織組織とは、裂の経糸(たていと)と緯糸(よこいと)が、どのように交差して織られて、組織を形成しているかという情報のことです。この織組織は、実際の染織品を10倍~20倍のルーペや顕微鏡で拡大してみて、はじめてわかります。
最近は、単眼鏡やギャラリースコープという焦点距離の短い拡大鏡で展覧会をご覧になる方も多いようですし、当館でも、倍率4倍の単眼鏡を貸出しています。しかし、そうした単眼鏡を使って染織品を見てみても、なかなか織組織までは確認できません。
そのため、今回の展示では、キャプション(解説板)の前に、織組織の拡大写真を置きました。
DSC06311(小)
また、図録には、各作品の拡大写真をふんだんに掲載しました。
01-04 衵 萌黄小葵浮線綾丸文二重織 組織拡大(小) 03-04 衵 萌葱小葵文固綾 表地組織拡大(修正後)(小) 32-03 白地紗綾葵紋繍腰帯 組織拡大
33-05 紅地桃文様金糸入繻珍陣羽織 組織拡大(修正後)(小) 34-05 白地雲文緞子鎧下着 組織拡大(修正後) 41-03 牡丹唐草文金華山裂口覆 華山 組織拡大(小) 61-06 林歌 袍 組織拡大(修正後)(小)
本来は、展覧会をご覧いただき、展示を通して、染織品の魅力をお伝えしたいのですが、それでお伝えできない部分を補えるような図録作りを心がけました。
解説などの文字情報で作品の詳細なデータをお伝えするよりも、写真を見ていただけば、一目瞭然という場合もありますので、図録の写真では、
①染織品本来の形状
②織りや刺繡によってあらわされた文様の質感
③織組織
が、なるべくわかるよう、新たに写真撮影をおこないました。
染織展図録表紙(小) DSC05716(小)
写真撮影に際しては、色々と苦労もありましたが、かなり情報を共有できるような写真を今回の図録には掲載できたのではないかと思っています。
また、今回の展覧会では、大規模な展示替えをおこなったため、全ての作品をいつでもご覧いただけたわけではありません。期間によっては展示されていなかった作品も、図録には全ての作品の写真が掲載されていますので、図録を通して、見ていただければと思います。
展示でご覧いただく染織品と、図録の写真でご覧いただく染織品、どちらにもそれぞれの長所と短所がありますが、両方合わせて、染織品本来の姿であり、染織品本来の魅力です。
展示と図録の両方を通して、少しでも、この展覧会の趣旨と、染織品の魅力をお伝えすることができることを願っています。(学芸員 安永拓世)
特別展 華麗なる紀州の装い
和歌山県立博物館ウェブサイト

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