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「地域とともに文化遺産の継承を担う新たな博物館づくり事業」報告

【事業名称】
「地域とともに文化遺産の継承を担う新たな博物館づくり事業」
(平成29年度文化庁「地域の核となる美術館・歴史博物館支援事業」採択)
【事業主体】
 和歌山県立博物館施設活性化事業実行委員会(委員長:伊東史朗)
 事業協力:歴史資料保全ネット・和歌山(実行委員会構成団体)、和歌山県立博物館友の会(実行委員会構成団体)、和歌山県博物館施設等災害対策連絡会議、和歌山県立和歌山工業高等学校、和歌山県立和歌山盲学校ほか
【事業目的】
 本事業では、地域に伝わる文化遺産の価値や意味の顕在化・共有化と、その継承方法の新たなあり方について、多くの研究者、自治体、地域住民、学校などと連携しながら和歌山県立博物館が中心となって取り組みを行いました。
 「地域に眠る「災害の記憶」と文化遺産を発掘・共有・継承する事業」では、新宮市・北山村を中心に調査を行い、災害時に被災した文化財を保全する活動がより円滑に進められるようになりました。調査成果は調査対象地域の住民に対して小冊子『先人たちが残してくれた「災害の記憶」を未来に伝えるⅣ』(2万1千冊)を配布し、現地学習会「歴史から学ぶ防災2017-命と文化遺産とを守る-」を2度開催して「災害の記憶」についての認識を深めるとともに、被災した文化遺産に対して適切な対応ができる専門的知識や技術を習得するための公開研修会を実施しました。また把握した資料は和歌山県立博物館企画展「ふるさとからのおくりもの」(平成30年1月27日~3月4日)でも展示公開しました。地域住民の生命や生活に直結する重要な文化遺産を掘り起こし、共有化するための確かな実践方法を提示することができたと考えています。
 「複製資料による文化財の保存・活用と博物館のユニバーサルデザイン化事業」では、和歌山県内所在の文化財のうち、盗難や自然災害等で被害を受ける可能性のある重要資料として、有田川町下湯川観音堂観音菩薩立像、すさみ町持宝寺阿弥陀三尊像のお身代わり仏像を3Dプリンターにより作成して提供し、地域の信仰環境の変化を最小限に留めながら文化財を保存する方法を構築しました。最新技術を用いながら、生徒・学生と地域住民を文化遺産を継承するものであり、新聞やテレビでも広く取り上げられました。また視覚に障害のある方々の博物館利用促進のため、県立和歌山工業高等学校・県立和歌山盲学校と連携し、先の3Dプリンター製仏像をさわれるレプリカとして活用出来るようににするとともに、通常印刷と特殊印刷による点字・線図を重ねたさわって読む図録『道成寺縁起-絵巻でたどる物語-』を作製し、あらゆる人々が楽しく郷土の歴史を学ぶことができる博物館のユニバーサルデザイン化を進めました。さわって読む図録は、和歌山県立博物館企画展「きのくに縁起絵巻の世界」(平成30年3月10日~4月15日)においても活用しました。
 2つの事業は、人口減少・高齢化社会における文化財の継承と、多発する自然災害への備え、そして障害者の日常生活や社会生活の支援という、日本社会が直面する重要な課題に対して、歴史博物館の機能を活かしつつ、実際的な効果を発揮した先進的な取り組みであり、全国の博物館施設における事業のモデルケースとなったものと考えています。
【事業内容と実績報告】
1、地域に眠る「災害の記憶」と文化遺産を発掘・共有・継承する事業
 歴史資料保全ネット・わかやま(民間ボランティア組織)、和歌山県内の博物館施設等で構成される和歌山県博物館施設等災害対策連絡会議、東南海・南海地震に伴う津波被害が想定される市町村の防災担当部局・教育委員会、自主防災組織などと連携し、過去の「災害の記憶」を地域全体で共有し、継承していくことで、将来起こりうるであろう東南海・南海地震に対し、地域住民が自らの生命と財産を守っていく活動を支援する取り組みを行いました。同時に被災という事態を想定し、被災した文化財を保全する活動の前提となる被害想定地域の文化財の所在確認調査を行いました。また、かつて被害想定地域に所在し、現在神奈川大学日本常民文化研究所所蔵となった資料の所在確認を行いました。調査対象地域については新宮市・北山村を設定し、必要に応じて、昨年度までの調査対象地域についても補足調査を行っています。
 実際の調査は、調査対象地域を中心に18回行い、調査報告書の作成(県立博物館・文化遺産課・県立文書館と地元教育委員会で情報共有)と画像データの収集(県立博物館・文化遺産課・県立文書館で共有)を行いました。これによって、災害時に被災した文化財を保全する活動がより円滑に進められるようになっています。調査対象地域の住民に対しては、小冊子『先人たちが残してくれた「災害の記憶」を未来に伝えるⅣ』(平成30年1月17日発行、2万1千冊)と現地学習会「歴史から学ぶ防災2017 -命と文化遺産とを守る-」のチラシ(2万枚)を、関係自治体の協力を得て、調査対象地域の全戸と県内の関係機関に配布しました(小冊子については和歌山県博ホームページからもダウンロード可能)。
 新宮市と北山村では、「災害の記憶」の発掘と文化遺産の所在確認調査で明らかになった内容を住民に伝える現地学習会を実施しました(新宮市は平成30年2月24日参加者64人、北山村は同年2月25日参加者50人。協力者・参加者には発表資料集を配布)。参加者を対象に行ったアンケート調査からは、発掘した「災害の記憶」について詳しく知らない参加者が新宮市で7割以上、北山村では9割以上いることが明らかになり、今回の事業に大きな効果があったことが確認できました。また、被災した文化遺産に対して、適切な対応ができる専門的知識や技術を習得するための公開研修会を新宮市と和歌山市で実施しました(新宮市は平成30年2月15日参加者20人、和歌山市は同年3月15日参加者58人)。本事業についての報道も多数ありましたが、それ以外に、和歌山県立博物館のホームページなどへの掲載も行ったほか、コラム(先人たちからのメッセージ 防災減災わかやま)という形で産経新聞に掲載し、調査成果を多くの県民に広められるように努めました(2か月に1回、計6回)。
2017年度文化庁1聞き取り調査(北山村・個人宅) 2017年7月1日
2017年度文化庁2資料調査(新宮市・宝泉寺) 2017年10月16日
2017年度文化庁3現地調査(北山村・大沼周辺) 2017年10月27日
2017年度文化庁4現地調査(新宮市・減災カフェ) 2017年12月16日
2017年度文化庁5コーナー展展示風景(1月27日~3月4日)
2017年度文化庁6現地学習会(新宮市・報告) 2018年2月24日
2017年度文化庁7現地学習会(北山村・ワークショップ) 2018年2月25日
2017年度文化庁8公開研修会(和歌山市・報告) 2018年3月14日
2、複製資料による文化財の保存・活用と博物館のユニバーサルデザイン化事業
 本事業では、和歌山県内所在の文化財のうち、盗難や自然災害等で被害を受ける可能性のある重要資料として、有田川町下湯川観音堂観音菩薩立像、すさみ町持宝寺阿弥陀三尊像をを県立博物館のレプリカを作成して所蔵者へ提供し、伝来地域の環境変化を最小限に留めながら文化財を保存する方法を構築しました。また視覚に障害のある人の博物館利用促進のため、和歌山県立和歌山工業高等学校・和歌山県立和歌山盲学校と連携し、さわれるレプリカとさわって読む図録を作製し、レプリカや図録を通して楽しく学べる博物館のユニバーサルデザイン化を進めました。
 今年度は、和歌山県立和歌山工業高等学校及び和歌山大学教育学部との連携により、有田川町下湯川の下湯川観音堂本尊の観音菩薩立像(平安時代後期)と、すさみ町周参見の持宝寺本尊の阿弥陀三尊像(南北朝時代)の文化財レプリカを作製し、それぞれ実物は博物館で保管して、現地にレプリカ(お身代わり仏像)を安置しました。盗難や災害の被害から文化財を守りながら、信仰環境の変化を少なくする取り組みで、被提供者からは「集落が高齢化して管理に不安を抱えていたので安心した」、「大切な仏像を、震災・津波から守ることができ安心だ」等の意見があり、顕著な防犯、防災効果があったと考えています。
 この2件(5体)の仏像については、和歌山県立博物館においてはさわれるレプリカとして活用し、視覚に障害のある方をはじめ、あらゆる人が触れられる資料として活用します。またさわって読む図録は『道成寺縁起-絵巻でたどる物語-』と題して作製しました。絵巻物によって示される物語のおもしろさを平易に伝える内容で、視覚障害者の郷土学習、美術学習の教材として使用できる内容となっています。和歌山県立博物館企画展「きのくに縁起絵巻の世界」(3/10~4/15)にて公開するとともに、広く活用を図るため、和歌山県立和歌山盲学校、県内公共図書館、近畿盲学校、主要点字図書館、全国博物館に提供しています。全盲の利用者から、「和歌山ゆかりの地域の伝承について初めて知ることができた」「絵やその構図の雰囲気、蛇が炎を吹きだしているようすなども感じられた」などの意見があり、さわれる絵による学習効果が確かめられました。
 これらの取り組みは、資料の形を直接体感することで視覚障害者が情報にアクセスする手段として高い効果があり、かつ誰もが公平かつ柔軟に楽しめ、破損による影響も少ないものであり、博物館展示のユニバーサルデザイン化を促進させる効果があったと考えています。
 事業内容については、新聞各紙(読売新聞2017年8月4日、12月18日、2018年2月9日、毎日新聞2018年3月5日ほか)のほか、テレビではNHK(和歌山)「あすのWA!」2017年12月20日、NHK(関西)「関西NEWS WEB」2017年12月26日、NHK(全国)「おはよう日本」2018年3月6日において報道され、広くお知らせすることができました。
2017年度文化庁9和歌山工業高等学校でのレプリカ制作のようす(3Dデジタイザーによる計測)
2017年度文化庁10和歌山大学教育学部美術専攻学生による着色作業
2017年度文化庁11有田川町・下湯川観音堂観音菩薩立像(左:実物 右:複製) 実物は平安時代後期(12世紀)
2017年度文化庁12有田川町・下湯川観音堂へのお身代わり仏像の奉納(2017年7月28日)
2017年度文化庁13すさみ町・持宝寺阿弥陀如来立像(左:実物 右:複製) 実物は南北朝時代(14世紀)
2017年度文化庁14すさみ町・持宝寺へのお身代わり仏像の奉納(2018年2月27日)
2017年度文化庁15さわって読む図録『道成寺縁起-絵巻でたどる物語-』
【事業の今後への展開】
 本事業のうち「地域に眠る「災害の記憶」と文化遺産を発掘・共有・継承する事業」については、さらに未調査地域における関連資料の把握を行って全県の調査を完遂することが必要であり、次年度は白浜町・日高町を対象として引き続き調査と普及事業を行う予定です。
 「複製資料による文化財の保存・活用と博物館のユニバーサルデザイン化事業」については、情報伝達の手法としてのさわれる資料の必要性の高さが引き続き確認され、また文化財盗難被害を抑止する効果も高く需要も大きいことから、事業を継続して手法の共有化をさらに図って行く必要があります。次年度には企画展「和歌山の文化財を守る」(9月1日~10月4日)の開催を計画し、事業成果の普及を行う予定です。 

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