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スポット展示「仮面が語る地域の記憶-乾武俊氏寄贈の中世在銘仮面から-」(1/30~3/6)

スポット展示
仮面が語る地域の記憶
―乾武俊氏寄贈の中世在銘仮面から―
令和4年(2022)1月30日(日)~3月6日(日)
 現在開催中の企画展「仏像は地域とともに」(会期:1月29日~3月6日)では、仏像が地域や人々との密接な結びつきの中で残され、伝わってきた地域の歴史を伝えてくれる大切な文化財であることを紹介しています。そして仮面資料もまた、古くから祭礼や芸能の中で多数使用され、地域や人々と「密着」しながら伝えられた大切な文化財です。
 そうした仮面の中には、さまざまな事情で元の所在地から離れ、博物館や個人によって収集されているものがあります。和歌山県立博物館では、詩人・教育者・劇作家・被差別地域の民俗文化研究家であった乾武俊氏が収集した多数の日本と世界の仮面を、平成27年(2015)に寄贈により引き継いでいます。この資料の中から、銘記により、かつて伝わった地域の記憶を語りかけてくれる資料を紹介します。
会場 和歌山県立博物館2階学習室スポット展示コーナー
開館時間 午前9時30分~午後5時
入館料 無料(ただし、常設展示室・企画展示室へ入室される場合は入館料が必要)
【出陳資料】
「若い女」・仮面の諸相 画面クリックで拡大
①女面 享禄3年(1530) 鹿児島県曽於市日光神社伝来
 面裏に「享禄三年/十一月日/日光神常住/ 蛭牟田神祇史/光䂓/宇スニク」と記された若い女を表した仮面。難読であったが、人名を蛭牟田(ひるむた)と解読できたことで、蛭牟田氏が神官を務めた鹿児島県曽於市の日光神社伝来資料と近時判明した。
 彩色は大きく剝落するが、様式が固定化する以前の中世女面らしい表現の自由度の高い表情で、神と接近した巫女の風貌ともいえよう。
【面裏墨書銘】
 享禄三年
 十一月日
日光神常住
蛭牟田神祇史 宇スニク
     光䂓
22 鬼神(58) 画面クリックで拡大
②鬼面 明応6年(1497) 馬関田荘(宮崎県えびの市)伝来
 口を閉じた鬼神の面で、明応6年(1497)に日向国真幸院(まさきいん)馬関田荘(まんがたのしょう)(現・宮崎県えびの市)の賀茂左衛門尉によって作られたことが面裏に記される。瞳や鼻孔が穿たれておらず、人が顔に着けるのではなく、柱などにくくりつけて使用した掛面の、貴重な中世在銘資料。仮面の根源的意義は、顔を空間に表すことで、神や精霊の存在を示すことにあるといえる。
【面裏墨書銘】
 日向之国真幸院馬関田庄之住
右作者賀茂左衛門尉藤原義弘(花押)
 于時明応六秊霜月廿八日
  且者為人之且者結縁□者
      神慮所也
33 水王(33) 画面クリックで拡大
③水王面 天正4年(1576) 佐賀県小城市牛尾神社伝来
 身の色を青(緑)色に染めて口を強く締めて威嚇する表情の仮面。赤身で開口した火王面と一対で使用される。面裏の墨書から、肥前国小城郡西郷牛尾山神宮寺(現・佐賀県小城市牛尾神社)の若王子大権現に奉納されたものと分かる、貴重な在銘資料。鉾に取り付けて神輿を先導する掛面として用いられたもので、儀礼に際し、祭祀の場に降臨した護法神の存在を象徴的に示した。
【面裏墨書銘】
 肥前国小城郡西郷牛尾山神宮寺
 若王子大権現櫛賢物前神水焉
 右□□為  作者同郷住等元
 □□□□  □□□
 □長□□□□□
 □□□□□
 別而者信□□□
 長久息災延命
 子孫繁栄也   住持□琳信(花押)
  于時天正四年丙子九月十六日敬白
DSC_6678.jpg 画面クリックで拡大
④姥面 永禄10年(1567) 伝来地不明
 眼は妖しく輝き、頰骨が飛び出て、笑みを浮かべた口まわりは落ちくぼんでいる。性別の判断も定かではないが、ぼうぼうの毛書きは女性表現のようであり、大笑する姥であろうか。形は栃木県輪王寺の尉面に近い。面裏に「永禄十年/正月吉日」と記され制作時期が判明する。伝来は不詳。
【面裏墨書銘】
  永禄十年
 正月吉日
[乾武俊氏寄贈の仮面コレクションについて]
 今回展示する仮面資料は、乾武俊氏によって収集され、平成27年(2015)にご寄贈いただいたコレクションの一部です。
 乾武俊氏は大正10年(1921)、和歌山市に生まれ、昭和15年(1940)に東京高等師範学校に入学、病気のため中途退学して和歌山に戻り、県立日高中学校に代用教員として赴任。終戦後、和歌山市立西和中学校、同伏虎中学校で教壇に立ちながら、「詩風土」「山河」「日本未来派」等に所属して詩作を続け、第一詩集『面』(東門書房、1952)、第二詩集『鉄橋』(日本未来派発行所、1955)を上梓しました。
 昭和34年(1959)、大阪府和泉市立山手中学校への赴任を契機に同和教育に深く関わり、詩作による教育実践などとともに、被差別地域における民話や伝承の聞き取りを積極的に行っています。この間、『詩とドキュメンタリィ』(思潮社、1962)、『民話教材と同和教育』(明治図書、1972)を出版。その後、大阪府教育委員会指導主事、和泉市教育次長(兼同和教育室長)、和泉市立光明台中学校長を歴任、退職後は、大阪府教育委員会や部落解放研究所による大阪府下の民俗調査に参加し、また大阪教育大学の非常勤講師を勤めています。この間の、被差別地域の民俗文化の調査と研究の成果や、また教育への取り組みの一端として『伝承文化と同和教育―むこうに見えるは親の家』(明石書店、1988)、『民俗文化の深層―被差別部落の伝承を訪ねて』(解放出版社、1995)を出版されています。厳しい差別の現実に対して教育者としての諸実践を続けるとともに、文学者としては伝承や芸能の「うたい」や「かたり」、あるいは身振りから、継承されてきた記憶の深層を浮かび上がらせ、芸能の根源へと近づこうとされました。
 こうした活動とともに、乾氏の興味の核としてあり続けてきたのが、仮面と芸能です。特に庶民の信仰や文化の中で作られ伝えられた、日本と世界の仮面の収集を長く続けられました。乾氏の仮面論は、『黒い翁―民間仮面のフォークロア―』(解放出版社、1999)、『能面以前―その基層への往還―』(私家版、2012)へと結実し、また収集仮面の一部は大阪人権博物館の企画展「神・鬼・道化―乾武俊がみた仮面世界―」として、2001年に公開され、当館においても2013年に企画展「仮面の諸相―乾武俊氏の収集資料から―」を開催し、同名の図録を発行しています。
 ほか、自選著作集(私家版)として、『「くどきの系譜」序説(第一巻)』(2003)、『被差別民衆の伝承文化(第二巻)』(2004)、『「仮面」と「舞台」(第三巻)』(2007)、『被差別部落の民俗伝承(別冊)』(2008)が上梓され、またそれらの集大成として、『民俗と仮面の深層へ―乾武俊選集―』(山本ひろ子・宮嶋隆輔編、国書刊行会、2015)が刊行されています。
 乾武俊氏が当館に寄贈された日本と世界の仮面は総数238面を数えます。日本の仮面では、今回展示している中世在銘の仮面は、全国的な仮面研究に資する貴重な資料といえるものです。このうち銘記から鹿児島県曽於市の日光神社伝来資料と近年判明した享禄3年銘の女面については、国立能楽堂特別展「能面に見る女性表現」(2010年)にも出陳された、日本を代表する中世女面の一つです。また世界の仮面では、現在では入手が困難なアジア・アフリカ・オセアニアの仮面が多数含まれており、世界的な仮面研究に資する資料ともいえるでしょう。
 なお、乾コレクションの仮面については、『和歌山県立博物館研究紀要』20号(2014年3月発行)にて、追加寄贈分の15面を除く223面について基礎データを紹介しています。   

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