和歌山県立博物館マイミュージアムギャラリー
第44回展示 「海士潜女神社の熨斗鮑」
【出 陳 者】 原 比佐子
【展示期間】 平成28年9月10日(土)~1月29日(日)
【出陳資料】 熨斗鮑 現代(21世紀)
【資料をめぐる思い出】
「鳥羽市相差町の石神さん(神明神社)にお参りした際、宮司さんから、兼務されている同市国崎(くざき)町の海士潜女神社(あまかづきめじんじゃ)で、伊勢神宮と宮中にのみ納める熨斗鮑(のしあわび)を作っていることを教わりました。七月一日の例大祭の日、宮司さんのご案内で熨斗鮑を作っている調製所を訪れ、鮑を熨斗刀で細くむき、干して、決められた長さに短冊状に切り、藁紐で編み込む作業を拝見しました。長老方によって行われる特別な作業で、この場所には昔は長男しか入れなかったとのこと。
ここで作られた熨斗鮑を特別に頂き、感激しました。優れた伝統が継承されていることを、多くの方に伝えたいと思っています。」
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【学芸員の一口メモ】
紀伊半島の最東部、熊野灘に面した鳥羽市国崎町は、志摩国の東端に位置することを名前の由来とします。平安時代初めごろまでには国崎神戸と称される、伊勢神宮への御贄供進地となっており、天永2年(1111)の神宮への供祭物は水取鮑、玉貫鮑、甘掻鮑、津布、荒蠣、塩で、古くから鮑を神饌として献上していたことが分かります。
この国崎の海士潜女神社は、もともと海女御前と称されてきた社で、倭姫命の巡幸の際に鮑を捕って献上した「お弁」という潜女を祀るとされます。かつて旧暦の六月一日には神島・答志・菅島・石鏡・相差・安乗・国崎の七か村の海女が集まり、神饌の鮑を採取する御潜神事が行われていました。明治4年(1871)から休止していたこの神事は、平成15年(2003)と平成28年(2016)に、大規模に再現されました。(主査学芸員 大河内智之)
海士潜女神社社頭 鮑を熨斗刀で薄く長く削ぐ
左:大身取鮑 中:小身取鮑 右:玉貫鮑
復興された御潜神事