粉河寺展コラム
「童男行者と粉河寺」
平安時代末期に描かれた国宝・粉河寺縁起は、粉河観音の造像と寺院の創建にまつわる縁起と、霊験あらたかな粉河観音が長者娘の病を治した縁起の、二つの物語から構成されています。その前半と後半の二つの物語に共通して登場する人物がいます。
童行者(わらわぎょうじゃ)、あるいは童男(どうなん)行者とよばれ、子どもでありながら、行者、すなわち修行僧の姿に表された不思議な存在です。頭髪は長く伸ばし、白い浄衣と袈裟をまとい、足下には脚絆(きゃはん)をつけた出で立ちです。
童男行者は、実は粉河観音の化身です。前半の物語では猟師の願いに応じて千手観音像を刻み、後半では、病の娘を千手陀羅尼というお経の威力で救い、お礼に持ち帰った紅の袴と提鞘を千手観音像が持っていたと語られ、化身であることを明示します。粉河寺の本尊が人々の前に姿を表して直接救済してくれる生身(しょうじん)の観音であることを示す象徴的存在といえるのです。
法華経の観世音菩薩普門品には、観音は相手の状況にあわせて三十三の姿に変えて現れると説かれています。その中に、童男身や童女身というものがあります。童男行者もこうした経説を元にしていますが、その行者としての姿には、都まで名の知れ渡った、山中で厳しい修業を行う粉河聖の姿がそこに投影されているのでしょう。
粉河寺の縁起が生き生きと輝くためのシンボルとしての役割を千年以上にわたって果たし続けている童男行者は、粉河寺山内、御池坊(みいけぼう)の秘仏本尊として童男堂にまつられています。秘仏は毎年12月18日に開帳され、人々の前に生身の観音が姿をあらわすのです。
国宝・粉河寺縁起に描かれた童男行者の姿