左:盗まれた千光寺千手観音立像 右:千光寺本堂
平成22年9月9日、橋本市高野口町上中の千光寺で、本尊の千手観音立像が盗まれていることがわかった。像高104.5cmの大きさで、平安時代の末頃、今から800年ほど前に作られた仏像であり、橋本市指定文化財に指定されていた。
千光寺は集落のはずれにあって夜間は人気がなく、入り口は施錠されていたが壊されていた。人目のつかない進入路があって本堂脇まで車で乗り入れられるのも、防犯上不利な要素であった。
その盗難の手口は粗く、盗んだ際に仏像が破損してしまい、手や衣などの部品が堂内に散乱していた。守られ残されてきた場所から暴力的に引きはがし、乱暴に取り扱って破損させてしまうという、文化財盗難のゆるせない実態がそこにはあった。
現場に散乱していた千手観音像の部品
そもそも、文化財とは何だろうか。最も広義には、人類の文化的活動によって生み出されたもの、と理解される。人の活動に文化的でないものなどないから、要するに人が生きた痕跡を示すあらゆるものが文化財だといえる。
盗まれた千光寺の仏像は、造られてから800年間、地域の中で守り継がれてきたものだった。仏像本体に残された造像時や修理時の痕跡をたどれば、その時その時に関わった人々の思いの一部が浮かび上がってくる。文化財は人々の歴史を蓄積するデータベースなのである。
このように理解すると、文化財盗難の卑劣さがよりはっきりすると思う。文化財盗難は、人々の歴史を奪う犯罪なのである。金品を盗まれること以上に、盗まれた地域の人々の心や絆に、大きな痛みとダメージを与える。
和歌山県では一昨年5件であった文化財盗難事件が、今年はすでに12月9日までの段階で33件と急増している。特に山あいの集落など、人目につきにくいお堂やお社などが集中的に狙われている状況だ。お住まいの地域でも、防犯の意識を強くもって、地域の歴史を奪われないようにしていただきたい。(学芸員 大河内智之)
・企画展「「文化財」の基礎知識―緊急アピール・文化財の盗難多発中!」(11月13日?平成23年1月10日)
→和歌山県立博物館ウェブサイト