これまでの「ハンコの基礎知識」では、押されたハンコの読み方など、少し難しい内容が多かったのですが、
今回は、ハンコ自体に少し注目してハンコのつまみの装飾について、ご紹介したいと思います。
ハンコは、基本的には、印面を押すことが主な目的に作られたものですから、印面にどのような文字や文様をあらわすかということがメインになります。
しかし、ハンコが広く普及して、江戸時代の文人たちが使用することによって、ハンコそのものを飾ったり、鑑賞したりすることが、しばしばおこなわれるようになりました。
これには、江戸時代の中国趣味や、中国におけるハンコ鑑賞の歴史が大きく影響していますが、ハンコに使われる石そのものを鑑賞したり、あるいは、ハンコの石に水晶などの高価で貴重な石を使ったりしたため、ハンコ自体を貴重な文房具の一つとして、飾ったりするようになりました。
また、そうしてハンコが鑑賞の対象となったことにより、ハンコの印面だけではなく、ハンコ全体が、一つの美術品としての価値を持つようになっていったのです。
その結果、ハンコの持ち手にあたる「鈕(ちゅう)」と呼ばれる「つまみ」の部分に、さまざまな彫刻や文様などの装飾が施されるようになっていきました。
こうした文房飾りとしてのハンコは、日本では、主に江戸時代の後期から近代にかけて流行したようです。
今回、展示で取り上げたハンコの多くは、江戸時代の中期から後期にかけて作られ、用いられたハンコですので、鑑賞用として作られたとみられるハンコは、それほど多くはありませんが、中には、いくつか鈕の部分に彫刻や文様などの装飾を施したハンコが含まれています。
そこで、今回の展示資料の中から、つまみに装飾のあるハンコをいくつかご紹介しましょう。
まず、最初は、獅子の形をしたつまみのあるハンコです。
これは、桑山玉洲(くわやまぎょくしゅう、1746-99)の使用印で、印面には、「珂雪主人(かせつしゅじん)」(陰文方印(いんぶんほういん))と彫られています。
こうした獅子の形のつまみは、石製のハンコのつまみの装飾の中では、最もオーソドックスなもので、現在の篆刻(てんこく)用の石の印材にも、しばしば同様の彫刻が施されたものがあります。
次に挙げたハンコも、つまみは獅子の形をしているとみられますが、これは、やや形が異なっています。
銅製のハンコで、つまみの形も、一見イノシシのように見えますが、やはり、獅子と見た方がよいのでしょう。
印面には「呂隆忠(ろりゅうちゅう)」(陰陽文方印(いんようぶんほういん))の文字があらわされており、「呂隆」が陰文、「忠」が陽文になっているのが、珍しいといえます。野呂介于(のろかいう、1777-1855)が使用したハンコです。
次に挙げるハンコは、とても珍しい象の形のつまみがついています。
これも銅製のハンコで、つまみの形は少しわかりにくいのですが、どうやら象のようです。
前方で手を合わせているように見えるのは象の牙(きば)で、背中からは絨毯のような敷物がかけられています。これも野呂介于の使用印で、印面には「隆忠之印」という文字があらわされています。
最後に挙げたのは、今回展示しているハンコの中で、つまみに最も複雑な装飾が施されたハンコです。
よく見ないと、何を彫刻しているのかわかりませんが、蓮の葉と花をあらわしているようです。
ハンコの側面には、複雑に伸びてからみつく蓮の長い茎が彫刻され、ハンコの頂上には、蓮の葉や花が配されています。
使用者についてはよくわかっていませんが、印面には「高山峨々流水洋々(こうざんががりゅうすいようよう)」(陰文方印)という文字が彫られています。印面も解読しにくいですが、漢字の偏(へん)と旁(つくり)を分けて、縦に並べて配置したりしているので、「山」+「我」で「峨」、「羊」+「水」で「洋」となっています。こうした文字を解読できると、ハンコを読むのも、少し楽しくなってきます。
さて、ハンコのつまみの装飾はいかがでしたか?
こうした文様や装飾は、難しいハンコの文字を読むよりも、もう少し、楽しみながらハンコを見ることができるのではないでしょうか。
ハンコには、このように、さまざまな楽しみ方があります。
こうした彫刻や装飾を自分で彫るのは、さすがになかなか難しいかもしれませんが、こうした装飾にも目を配りながらハンコを見ていくと、色々な発見があるかもしれません。(学芸員 安永拓世)
→企画展 ハンコって何?
→和歌山県立博物館ウェブサイト