今回の「ハンコって何?」展の見どころの一つは、書や絵に押された印影(いんえい)としてのハンコと、実際に押す方のハンコ自体を、比較しながら見ることができる点にあります。
書や絵に押された印影としてのハンコには、これまで「ハンコの基礎知識」などでご紹介してきたような、さまざまな情報が含まれており、そうした情報に基づいて、押されたハンコに名前をつけたり、区別したりすることができます。また、実際に押す方のハンコ自体が残されていることは少ないため、書や絵ややきものをより深く理解するうえでは、押された印影としてのハンコを丁寧に比較していく作業が重要となります。
しかし、ハンコ自体が残されている場合には、ハンコのみからしか分からない情報を直接得ることができるので、これが、書や絵や、その制作者を知るうえで、きわめて貴重な情報となることも少なくありません。
そうした情報の一つがハンコの印面の状況です。
どのような文字があらわされているか、あるいは陰文か、陽文かなどの区別は、印影のみからでも知ることができます。しかし、印面の細かい凹凸(おうとつ)や、陰陽(いんよう)がどのようにつけられているのかといった情報は、ハンコ自体からしか得ることができません。
また、こうした印面の状況とともに、ハンコの複数の面が印面になっているというような情報も、ハンコ自体からしか分からない重要な情報といえるでしょう。
ハンコの複数面が印面になっている例として最も多いのは、二つのハンコを連ねたような連印(れんいん)と呼ばれる例です。
いくつか同じ印影をみれば、連なっている二つのハンコの間隔が同じなので、連印と類推することが可能になりますが、比較することができない一種類の印影から、連印であることを類推するのは、かなり難しいことです。
一方、こうした連印とともに、しばしば見られるのは、ハンコの印面の180度反対側の面が印面になっているという両面印の例です。
また、同じハンコの、となり合って接する二面が、いずれも印面になっている次のような例は、とても珍しいといえるでしょう。
ところで、こうした印面の情報とともに、印材(いんざい)の情報も、ハンコ自体からしか分からないことの一つです。
印材が金属であるか、水晶などの高価な石であるか、あるいはハンコの基礎知識「ハンコのつまみの装飾」でご紹介したようなハンコの鈕(ちゅう)と呼ばれるつまみの部分に装飾があるのかどうかも、印影からはわかりません。材質により、彫ったり鋳造(ちゅうぞう)したりした文字のあらわれ方も異なるので、重要な情報になるといえるでしょう。
さて、最後に挙げたいのは、側款(そっかん)、すなわち、ハンコの制作者についての情報です。
側款については、ミュージアムトーク2回目(ハンコって何?)やミュージアムトーク3回目(ハンコって何?)をご参照ください。
ハンコを集めた印譜(いんぷ)という本などには、この側款が書かれたり、拓本にとられたりもしますが、一般的な印影から、ハンコの制作者が正確に分かることはほとんどありません。
こうした側款も、ハンコ自体を見ることによってはじめて分かる、貴重な情報なのです。
一見小さなハンコたちですが、印影を押すという目的以外にも、印面をはじめとした各側面やつまみなど、ハンコの全体に、さまざまな情報がちりばめられています。
それらの情報を丁寧に読み取り、書や絵の中に押された印影とともに鑑賞することによって、はじめて、ハンコとしての本来の姿が見えてくるのではないでしょうか。(学芸員 安永拓世)
→企画展 ハンコって何?
→和歌山県立博物館ウェブサイト