「桑山玉洲のアトリエ」展のコラム2回目です。
今回は、玉洲が所蔵していた中国の絵の中から
「墨梅図(ぼくばいず) 蔡簡筆(さいかんひつ)」をご紹介しましょう。
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墨梅図 蔡簡筆
(ぼくばいず さいかんひつ)
紙本墨画 1幅 縦127.2㎝ 横28.1㎝
中国・明~清時代(17世紀) 個人蔵
この絵は、桑山家の親戚筋にあたる旧家に、桑山家が所蔵していた桑山家旧蔵資料として一括で伝わった中国の絵のうちの一つです。画面の右下に捺(お)された「明光浦桑嗣粲家蔵印(めいこうほそうしさんかぞういん)」(白文長方印)という玉洲の所蔵印や、
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本図を収納する箱の箱書などから、玉洲が持っていたことが明らかとなる貴重な作例です。
この絵の筆者である蔡簡(さいかん、生没年未詳)は、中国の明(みん)時代末から清(しん)時代初期にかけて活躍した画家です。福建省閩侯県(ふっけんしょうびんこうけん)の出身と想定されています。春木南湖(はるきなんこ、1759~1839)が記した「西遊日簿(さいゆうにちぼ)」には、長崎の黄檗宗(おうばくしゅう)の寺院である福済寺(ふくさいじ)の項に、明暦3年(1657)の年紀がある蔡簡の扁額が記載があることから、蔡簡は、明暦3年(1657)時点で長崎へ来日していた黄檗宗の僧侶で絵をよくした人物ではないかと考えられています。詳しい伝記についてはわかっていませんが、玉洲も所蔵していた『元明清書画人名録』には、明と清の両方の項目に載っており、清の項目には「字隆周號唐居士馥雪齋 山水人物花鳥」と記されています。
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先の絵は、その蔡簡が描いた梅の絵で、縦長の画面の左下から右上へと、S字形にねじれながら枝を伸ばす力強い梅を描いています。
枝は、いずれも輪郭線を用いず、墨を面的に施した没骨法(もっこつほう)と呼ばれる技法で描かれていますが、枝の太い部分には、勢いのある幅の広い筆触を何度か重ねて、濃墨と淡墨の面を作り、その墨のにじみによって独特の立体感を表現しています。また、細い枝には、所々で筆を止めて墨だまりを作り、ごつごつとした質感を再現しているようです。枝の所々に生える棘(とげ)のような枝や花蕊(かずい)には、やや濃い墨を施し、太い枝と異なる階調を生み出しているのも面白いでしょう。一方、枝が重なる部分は、太い枝の描写を省略することで、梅樹全体に勢いや躍動感をもたらしています。また、花の形よりも筆運びの即興性を重視した、勢いのある花弁の描写も、梅の花の生命力や、花の香りを感じさせて魅力的です。
左横に書かれた五言絶句(ごごんぜっく)の漢詩は、蔡簡の自作の詩とみられます。どうやら、鶴(つる)や孤山(こざん)という言葉を用いて、梅を愛した中国・北宋時代の詩人である林逋(りんぽ、和靖(なせい)、967~1028)のイメージをオーバーラップさせているようです。
ところで、玉洲と蔡簡との関連で重要なのは、玉洲がみずからが収集していた扇面書画のリストとその筆者について安永9年(1780)に記した『桑氏扇譜考(そうしせんぷこう)』(個人蔵)という著作に、「蔡簡墨梅図」との記載がある点です。この絵は扇面画ではありませんが、墨梅という主題が一致しているのが興味深いといえるでしょう。どうやら玉洲は、この絵以外にも、別の蔡簡の扇面の墨梅図を所蔵していたようなのです。
では、玉洲はみずから所蔵していたこの蔡簡の梅の絵から、どのような影響を受けたのでしょうか。
ここで少し、玉洲が描いた梅の絵と、蔡簡の梅の絵を比較してみましょう。
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右側が、蔡簡の描いた先ほどの梅の絵で、左側は、玉洲が描いた梅の絵です。
たとえば、縦長の画面でS字形に展開する枝のフォルムや、輪郭線を用いずに墨のにじみや濃淡を活かした幹や枝の描写、さらには、枝に施された棘(とげ)状の濃墨、細い枝の途中で筆を止めて生じた墨だまり、枝が交差した部分で太い幹を描き残す手法、こうした点は両者に共通する構図や描法といえるでしょう。
もちろん、左側の玉洲の梅では、蔡簡の梅よりも複雑に枝を配置していますし、画面全体の統一感や完成度は、蔡簡の絵の方が優れています。そうした相違点も重要ですが、ともあれ墨梅図を描く際に、玉洲自身の所蔵していた蔡簡画が、玉洲の絵の、何らかの発想源になった可能性はあるかもしれません。
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展示室では、この二つの絵を、上の写真のように並べて展示しています。
両者の似ている部分と、異なる部分とを、よ~く見比べてみると、新たな発見があるかもしれません。
この二つの絵の展示は、5月12日(日)までです。ぜひ、12日までに、ご来館くださりませ。(学芸員 安永拓世)
→特別展 桑山玉洲のアトリエ―紀州三大文人画家の一人、その制作現場に迫る―
→和歌山県立博物館ウェブサイト