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コラム6「桑山玉洲のおもかげ」

「桑山玉洲のアトリエ」展のコラム6回目です。
「桑山玉洲のアトリエ」という展覧会を開催しながら、ここまで、コラムや展覧会の広報記事では、玉洲が集めた書画や、画材道具ばかりご紹介してきましたが、肝心の桑山玉洲本人については、ほとんど、ご紹介してきませんでした。申し訳ございません。
あるいは、玉洲の顔もご存じない方が、ほとんどなのではないでしょうか。
かくいう私自身も、実は、この展覧会を開催する前は、かなり漠然としか玉洲の顔を認識していませんでした。
そんな中、展覧会を開催する直前になって、玉洲の肖像画を写した近代の写真を、はじめて拝見することができたのです。
その写真の一部、すなわち、玉洲の顔の部分だけは、昭和54年(1979)に、和歌山県立博物館で開催された「桑山玉洲」という特別展の図録に、「玉洲の自画像」として、粗い写真が掲載されていたのですが、
玉洲像(画像をクリックすると拡大します)
その、元になった写真の現物は、私自身もはじめて拝見したわけです。
その元になった写真の現物がこちらです。
「桑山玉洲像」古写真 個人蔵(軽)
(画像をクリックすると拡大します)
「桑山玉洲像」古写真
(「くわやまぎょくしゅうぞう」こしゃしん)
写真 1幅 縦10.5㎝ 横7.2㎝
近代(20世紀) 個人蔵
これは、玉洲の子孫の家に現在も伝わっている古写真で、「桑山玉洲像」という玉洲の肖像画を撮影したものです。写真を撮影した経緯や、写真の元になった「桑山玉洲像」の所蔵先についてはよくわかりませんが、玉洲の肖像画は、現段階でこれ以外に知られていないため、たいへん貴重な資料となります。
古写真からの判断なので、情報には限界がありますが、ひとまず、写真の元になった「桑山玉洲像」について、わかる範囲で記しておきましょう。
画面の下半には、着物と羽織を着用した、胸から上の玉洲が描かれています。顔などは、かなり細かい線で緻密に描かれ、肖像性をかなり意識しているようですが、基本的に墨の線を主体に描いており、顔の一部を除いて彩色や陰影はあまり確認できません。
こうした玉洲像の制作経緯を具体的に示すのは、画面の上部に書かれた賛です。
賛は寛政12年(1800)3月に、玉洲と親交のあった大坂の文人である木村蒹葭堂(きむらけんかどう、1737~1802)が記したようです。
その賛の内容には、伊勢長島藩の藩主である増山雪斎(ましやませっさい、1754~1819)という人物が、蒹葭堂に玉洲像を描くように依頼し、蒹葭堂は、先年玉洲からもらった唐墨を用いて玉洲像を描いたのだということが書かれています。
すなわち、この賛の内容からわかるように、玉洲が自ら描いた「自画像」ではなかったわけです。
ただ、写真の玉洲像は、どうやらその蒹葭堂が描いたものの模写であるらしく、右下に書かれた款記から、十時梅谷(とときばいこく、生没年未詳)という画家が、蒹葭堂筆の原本を賛まで含めて忠実に「臨模(模写)」したことがわかります。
梅谷は、伊勢長島藩の儒学者で文人画家でもあった十時梅厓(とときばいがい、1749~1804)という人物の養子で、みずからも伊勢長島藩の儒学者となりました。おそらく、蒹葭堂が描いた原本は、蒹葭堂か雪斎の元にあったのではないでしょうか。
なお、原本に蒹葭堂の賛が書かれた寛政12年(1800)は、玉洲が亡くなった翌年であり、蒹葭堂は生前の玉洲へのオマージュとして、この絵の原本を描いたものと想像されます。玉洲から贈られた唐墨を用いたという賛の記述にも、そうした蒹葭堂の悲しみと追憶を読み取ることができるでしょう。
その蒹葭堂が亡くなった直後に、江戸を代表する文人画家である谷文晁(たにぶんちょう、1763~1840)が描いた「木村蒹葭堂像」(大阪府教育委員会蔵)と本図の表現がよく似ている点も、興味深いかもしれません。
いずれにしても、この写真は、玉洲の姿を今に伝える貴重な資料であるとともに、蒹葭堂と玉洲との親密な関係を物語る資料としても、きわめて意義深いといえるのです。
さて、この玉洲の姿を見て、玉洲はどんな人だったと想像しますか。
緻密で繊細な画風から、突如として自由でのびやかな画風に変化した玉洲。その一方で、日本や中国の絵画の歴史を、かなり理論的にとらえ、それを実践していこうとした構築的な側面もありました。こうした玉洲の肖像画やその表情から、玉洲の性格や感性を想像してみるのも、楽しいかもしれません。
そうして想像した玉洲の性格と、玉洲の画風や画材道具などから感じ取れる玉洲の姿が、見事に一致するのか、あるいは大きなギャップを生むのか。それは、展示室で実際の作品や資料を前に、体感してみてください。(学芸員 安永拓世)
特別展 桑山玉洲のアトリエ―紀州三大文人画家の一人、その制作現場に迫る―
和歌山県立博物館ウェブサイト

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