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コラム 紀州の画家紹介 28 坂本浩雪(さかもとこうせつ)

企画展「江戸時代の紀州の画家たち」の関連コラム
「紀州の画家紹介」
28回目にご紹介するのは、坂本浩雪(さかもとこうせつ)です。
坂本浩雪(さかもと・こうせつ)
◆生 年:寛政12年(1800)
◆没 年:嘉永6年(1853)8月26日
◆享 年:54歳
◆家 系:江戸の紀伊藩の医師である坂本順庵(さかもとじゅんあん、生没年未詳)の長男
◆出身地:江戸
◆活躍地:江戸
◆師 匠:狩野派?・華島雪亭(はなしませってい、生没年未詳)?
◆門 人:未詳
◆流 派:写生画
◆画 題:植物・桜
◆別 名:直大・直久・浩然・桜宇・桜香・香村・香邨・写蘭・嘗草林処・復元・蕈溪主人・純沢・五快楼・永斎など
◆経 歴:本草学者、画家。父の坂本順庵甫道は、初め江戸の町医師だったが、寛政11年(1799)に紀伊藩への出入りを命じられ、文政12年(1829)に「小普請御医師」、天保4年(1833)に「奥医師」となる。浩雪は、父から医学を学び、江戸の本草学者である曾槃(そうはん、1758~1834)から本草学を学ぶ。また、絵もよくし、初め狩野派に学んだようだが、後に、華島雪亭なる画家に師事し、本草学的な見地から植物の写生画をよくしたという。とりわけ、桜の絵を得意とし、絵画制作のみならず、多様な種の桜を描き分けた『桜花譜(おうかふ)』なる植物図譜も刊行した。このほか、『菌譜(きんふ)』『躑躅譜(つつじふ)』『百花図纂(ひゃっかずさん)』など本草学に関する著作も多い。天保15年(1844)、父に廃嫡を願い出て、医師をやめ、本草学の研究と絵画制作に専念した。伊予国西条藩(いよのくにさいじょうはん)の儒学者である上田陸舟(うえだりくしゅう、?~1852)について詩を学び、また、後に摂津国高槻藩主(せっつのくにたかつきはんしゅ)の永井氏に仕えたとの説もある。
◆代表作:「桜花図」(和歌山市立博物館蔵)天保15年(1844)、前田夏蔭(まえだなつかげ、1793~1864)賛「桜花図」(和歌山県立博物館蔵)など
今回展示しているのは、「花鳥図」(和歌山県立博物館蔵)です。
坂本浩雪筆 前田夏蔭賛 「桜花図」 (和歌山県立博物館蔵) 軽
(以下、いずれも画像をクリックすると拡大します)
坂本浩雪筆 前田夏蔭賛 「桜花図」 款記 (和歌山県立博物館蔵) 軽 坂本浩雪筆 前田夏蔭賛 「桜花図」 印章 (和歌山県立博物館蔵) 軽
款記は「香邨道人」で、印章は「写蘭居士」(朱文方印)です。
上部には、
坂本浩雪筆 前田夏蔭賛 「桜花図」 夏蔭賛部分 (和歌山県立博物館蔵) 軽
江戸の国学者である前田夏蔭が、「さきにほふ/いろをなかめて/さくらはな/うつすよし/なき/かをしのふ/かな/夏蔭」という賛をしています。「咲き匂う 色をながめて さくらはな 写すよしなき 香をしのぶかな」と読み、描かれた美しい桜の絵を見ると、絵には写せない香りまで感じられるかのようだという意味になります。
江戸時代の後期ごろには、三熊花顚(みくまかてん、1730~1794)や織田瑟瑟(おだしつしつ、1779~1832)などのように、桜を描くのを得意とした画家たちが何人か登場しました。浩雪も彼らとともに桜画家として知られ、「浩雪の桜」などと呼ばれました。
桜の品種までわかりそうなほど精密に描かれた「浩雪の桜」を、ぜひ、博物館でご覧ください。(学芸員 安永拓世)
江戸時代の紀州の画家たち
和歌山県立博物館ウェブサイト

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