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コラム 紀州の画家紹介 27 馬上清江(ばじょうせいこう)

企画展「江戸時代の紀州の画家たち」の関連コラム
「紀州の画家紹介」
27回目にご紹介するのは、馬上清江(ばじょうせいこう)です。
馬上清江(ばじょう・せいこう)
◆生 年:未詳
◆没 年:天保13年(1842)
◆享 年:未詳
◆家 系:紀伊国有田郡湯浅(ありだぐんゆあさ)の人
◆出身地:紀伊
◆活躍地:紀伊・江戸
◆師 匠:野呂介石(のろかいせき、1747~1828)?、谷文晁(たにぶんちょう、1773~1840)?
◆門 人:未詳
◆流 派:文人画・諸派
◆画 題:山水・花鳥
◆別 名:徳五郎・馬徳など
◆経 歴:画家。紀伊国有田郡湯浅の出身。未詳な点も多いが、同じ有田郡湯浅の福蔵寺(ふくぞうじ)の住職である平林無方(ひらばやしむほう、1782~1837)や、有田郡広村(ありだぐんひろむら)出身の町人である浜口灌圃(はまぐちかんぽ、1778~1837)などとともに、紀伊藩士で文人画家の野呂介石に師事して絵を学んだという。一方、江戸の文人画家である谷文晁に師事したとの説もあり、たしかに、天保6年(1835)に江戸で開催された酒巻立兆(さかまきりっちょう、1791~1857)という画家主催の書画展観には「花鳥」を出陳している。また、上部に江戸幕府の儒学者である林述斎(はやしじゅっさい、1768~1841)の賛がある「琵琶湖眺望図(びわこちょうぼうず)」(個人蔵)も知られており、これらから、江戸での活動や江戸文人との交流が想定される。現存作は多くないが、山水画では、緻密な青緑山水(せいりょくさんすい)なども描いており、介石よりは、むしろ文晁からの影響を強く感じさせる。
◆代表作:「花鳥図」(和歌山県立博物館蔵)文化11年(1814)、「秋景山水図(しゅうけいさんすいず)」(個人蔵)文政11年(1828)、「琵琶湖眺望図」(個人蔵)など
今回展示しているのは、「花鳥図」(和歌山県立博物館蔵)です。
馬上清江筆 「花鳥図」 (和歌山県立博物館蔵) 軽
(以下、いずれも画像をクリックすると拡大します)
馬上清江筆 「花鳥図」 款記 (和歌山県立博物館蔵) 軽 馬上清江筆 「花鳥図」 印章1 (和歌山県立博物館蔵) 軽 馬上清江筆 「花鳥図」 印章2 (和歌山県立博物館蔵) 軽
款記は「文化庚戌秋日/馬徳写」で、印章は「紀伊国湯浅人」(白文方印)、「馬徳」(白文方印)です。
これは、清江の数少ない貴重な作例の一つで、紅白の牡丹に白木蓮と2羽の青い鳥(オオルリ?)を描いています。款記の年紀から、文化11年(1814)の制作とわかる点でも貴重ですが、画風からは、当時流行していた沈南蘋(しんなんぴん、1682~?)という来日した中国人画家や、強い陰影のある洋風画などからの影響が想定される点も興味深いといえるでしょう。こうした表現は、野呂介石の画風からはうかがえず、むしろ江戸の谷文晁の画風などとの共通性を感じさせます。清江は、和歌山県内でも、ほとんど作品を確認できない画家ですが、今後の解明を待ちたいと思います。(学芸員 安永拓世)
江戸時代の紀州の画家たち
和歌山県立博物館ウェブサイト

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