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コラム 新収蔵品展(2) 机と椅子の大正ロマン―南葵文庫と喜多村進

今回、新収蔵品展で展示している資料の中には、博物館で購入した資料ばかりではなく、さまざまな方からご寄贈いただいた資料も含まれています。
このたび、ご紹介するのは、作家・郷土史家として活躍した和歌山出身の喜多村進(きたむらすすむ、1888-1958)という人物が集めた資料で、近年、そのご子孫の方からご寄贈いただいたものです。
喜多村進机椅子オルガン 画像クリックで拡大します
喜多村進氏は、和歌山市内に生まれ、東京へ出て、青山学院英文科を卒業したのち、島崎藤村(しまざきとうそん、1872-1943)などに文学を学び、一時、作家として文筆活動をおこないました。
その後、大正3年(1914)からは、東京の麻布飯倉(現在の東京都港区)にあった紀伊徳川家の私設図書館である南葵文庫(なんきぶんこ)に勤めます。大正13年(1924)に南葵文庫が閉鎖されたため、南葵音楽図書館で勤務を続けますが、昭和7年(1932)南葵音楽図書館の閉鎖にともない、昭和8年(1933)に和歌山へ帰り、間もなく、和歌山県立図書館に職を得たようです。
和歌山へ戻ってからの喜多村進は、県立図書館で勤務するかたわら、文筆活動を再開し、『紀州文化研究』の編集にたずさわるなど、和歌山の郷土研究や文芸活動に大きな影響を与えました。
この喜多村進が集めたコレクションとしては、作家や郷土史家としての活動や交流をしめす原稿や、全国各地の約8000枚の絵はがきが中心となっていますが、今回展示している資料は、喜多村進が愛用したとされる机(つくえ)・椅子(いす)・オルガンです。
実は、椅子の背もたれには、葵(あおい)の葉の文様が透かされており、
喜多村進椅子背もたれ葵紋 画像クリックで拡大します
あらためて調べてみると、この机と椅子は、喜多村進が一時勤務していた南葵文庫で使われていたものであることが、明らかになったのです。
そもそも、南葵文庫とは、紀伊徳川家の当主である徳川頼倫(よりみち、1872-1925)が創設した私設の図書館で、紀伊徳川家に伝わった蔵書など約10万冊を一般に公開していました。ただ、大正12年(1923)の関東大震災で全焼した東京大学附属図書館の復興のため、大正13年(1924)にその蔵書の大半を東京大学へ寄贈し、文庫を閉鎖させています。この南葵文庫の建物を引き継いだと思われる南葵音楽図書館も、その後、昭和7年(1932)に閉鎖されたため、南葵文庫で使われていた調度品などについては大半が失われたらしく、これまで、くわしいことはよくわかっていませんでした。
ところが、この南葵文庫が開館したときに発行された『南葵文庫概要』を見てみると、南葵文庫で使われていた机や椅子についての細かい記事があり、次のように書かれています。
机及椅子 閲覧室用机は長十五尺幅四尺、一脚に相向つて五人つゝの坐席を充つ。其他丸Tableを備付け参考図書閲覧の用に供す。(中略)総て木材は欅なり。(中略)
閲覧人用椅子は特製籐麻張回転椅子を用ゐ、床上に取付け置けり。婦人室及特別室には特製テレンプ張回転椅子を用ゐ、事務室用は普通テレンプ張椅子を用ひ庫主室及主幹室にはテレンプ張回転椅子を備ふ。之れまた総て欅材なり。
これによると、今回展示している机は参考図書閲覧用の丸テーブルで、椅子は婦人室及特別室の特製テレンプ張回転椅子ではないかと考えられるのです。(テレンプとは、主に椅子張に使用されるパイル織物の一種のことです。)
喜多村進机椅子 画像クリックで拡大します
たしかに、展示している椅子の脚先には、床に取り付けた跡と見られる穴もあいています。
喜多村進椅子脚 画像クリックで拡大します
おそらく、喜多村進が南葵音楽図書館の閉鎖にともなって和歌山へ帰ったときに、贈られたのではないかと想像されます。
一方、ヤマハ製のオルガンについては、まだ不明な点も多いのですが、あるいは喜多村進が南葵音楽図書館に勤務していたことと関係があるのかもしれません。
喜多村進オルガン 画像クリックで拡大します
徳川頼倫の子である徳川頼貞(よりさだ、1892-1954)は、西洋音楽に強い関心を持っており、南葵文庫の隣に南葵音楽堂(大礼記念館)を建て、その中にイギリスへ注文したパイプオルガン(現在は、東京芸術大学の旧奏楽堂に残されています)を設置したほどです。
また、ヤマハの創業者である山葉寅楠(やまはとらくす、1851-1916)は紀伊藩士の家に生まれました。
このオルガンも、そうした人びととのかかわりを考えていく必要がありそうです。皆さま、何か情報をお持ちでしたら、ご教示ください。
このように、ご寄贈いただいた資料の中には、ご所蔵者や博物館が思いもよらなかった意外なストーリーが隠されていることも少なくありません。
資料をご寄贈いただくことの重要性については、わかりやすいキャプションでもご紹介しています。
喜多村進寄贈かんたん解説 画像クリックで拡大します
ともあれ、今はなき、南葵文庫の机や椅子は、大変貴重な資料です。
皆さまも、この機会に、ぜひ、レトロな香りただよう南葵文庫の閲覧室に、思いを馳せてみてはいかがでしょうか。
なお、南葵文庫の建物の一部は、静岡県の熱海市にある「ヴィラ・デル・ソル」というホテルに移築されて残されています。(学芸員 安永拓世)
企画展 新収蔵品展
和歌山県立博物館ウェブサイト

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