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コラム「楽旦入(らくたんにゅう)のハンコ」

今回のコラムは、前回のコラムにひきつづき、やきものに押されたハンコとして
楽旦入(らくたんにゅう)のハンコについてご紹介しましょう。
京都の楽焼(らくやき)というやきものを焼いた陶工である楽家の10代目にあたる楽旦入(らくたんにゅう、1795-1854)は、文政2年(1819)に、紀伊藩10代藩主の徳川治宝(とくがわはるとみ、1771-1852)が御庭焼(おにわやき)の偕楽園焼(かいらくえんやき)をはじめるにあたり、表千家9代の了々斎(りょうりょうさい、1775-1825)とともに和歌山へ呼ばれ、偕楽園焼の制作や指導に携わりました。旦入は、その業績により、文政9年(1826)5月に、治宝から、「楽」という字を隷書体(れいしょたい)で書いた治宝自筆の書を賜りました。旦入は、以後、その治宝の書いた隷書体の「楽」の書から、「拝領印(はいりょういん)」あるいは「隷書印(れいしょいん)」と呼ばれる「楽」という字の新しいハンコを作って、作品に押しました。
偕楽園焼 黄瀬戸写丸香合 楽旦入作 館蔵514(小)
偕楽園焼 黄瀬写丸香合 楽旦入作
(かいらくえんやき きせとうつしまるこうごう らくたんにゅうさく)
1合
高3.2㎝ 径5.7㎝
文政2年(1819)
和歌山県立博物館蔵
上の写真は、旦入が文政2年(1819)の偕楽園焼で作った作品です。
蓋表には、「偕楽園制(かいらくえんせい)」(陰文重郭円印(いんぶんじゅうかくえんいん))のハンコが押され、身の側面には「楽」(陰文重郭円印)のハンコが押されています。
偕楽園焼 黄瀬戸写丸香合 楽旦入作 「偕楽園制」(陰文重郭円印) 館蔵514(小) 偕楽園焼 黄瀬戸写丸香合 楽旦入作 「楽」(陰文重郭円印) 館蔵514(小)
この「楽」のハンコは、旦入がハンコを新しくする前の「前印(まえいん)」あるいは「木楽印(きらくいん)」と呼ばれるタイプのハンコで、「楽」の字が楷書体であらわされているのが特徴です。
また、内箱の蓋表(ふたおもて)には、「己卯(つちのとう)」という文政2年(1819)を示す年紀が記され、蓋裏(ふたうら)には、「丸香合」という名前と、了々斎の花押(かおう)が記されています。
偕楽園焼 黄瀬戸写丸香合 楽旦入作 内箱蓋表 館蔵514(小) 偕楽園焼 黄瀬戸写丸香合 楽旦入作 内箱蓋裏 館蔵514(小)
赤楽茶碗 楽旦入作 館蔵101(小)
赤楽茶碗 楽旦入作
(あからくぢゃわん らくたんにゅうさく)
1口
高7.8㎝ 口径9.4㎝
文政9年(1826)
和歌山県立博物館蔵
一方、次に挙げた赤楽茶碗は、旦入が治宝から拝領した書から取った隷書体の「拝領印」を押した最初の作例です。
器の底裏には、その「拝領印」の「楽」(陰文重郭円印)が押されています。
赤楽茶碗 楽旦入作 底裏 館蔵101(小) 赤楽茶碗 楽旦入作 「楽」(陰文重郭円印) 館蔵101(小)
また、箱書には、「拝領/御文字/「楽」(陰文重郭円印)吉左衛門/丙戌歳晩冬初造」と記されており、旦入自身が、文政9年(1826)の12月に、「拝領印」を初めて使ったときの茶碗であることを明記した、とても重要な作例です。箱書にも、その「拝領印」が押されています。
赤楽茶碗 楽旦入作 内箱蓋裏 館蔵101(小) 赤楽茶碗 楽旦入作 箱書「楽」(陰文重郭円印) 館蔵101(小)
清寧軒焼 赤楽茶碗 銘「眉寿」 楽旦入作 個人蔵(小)
清寧軒焼 赤楽茶碗 銘「眉寿」 楽旦入作
(せいねいけんやき あからくぢゃわん めい「びじゅ」 らくたんにゅうさく)
1口
高7.4㎝ 口径11.2㎝
天保12年(1841)
個人蔵
最後に挙げたのは、清寧軒焼の赤楽茶碗です。
清寧軒焼とは、治宝ではなく、治宝の婿養子にあたる紀伊藩11代目の藩主である徳川斉順(とくがわなりゆき、1801-46)が焼かせた御庭焼です。別邸の湊御殿(みなとごてん)だけではなく、和歌山城や江戸藩邸などさまざまな場所で焼かれたようです。
この清寧軒焼の一部の作品に押されている旦入のハンコは、先に紹介した「拝領印(隷書印)」とは、わずかに書体が異なるもので、周囲の輪郭と「楽」という文字との間隔が少しせまくなっており、全体の大きさもやや小ぶりになっています。興味深いのは、その小ぶりの「拝領印」は、たいてい、「清寧(せいねい)」(陰文重郭瓢印)という瓢箪形(ひょうたんがた)のハンコとセットで押されている点です。
この茶碗には、その二つのハンコが押されています。
清寧軒焼 赤楽茶碗 銘「眉寿」 楽旦入作 底裏 個人蔵(小) 清寧軒焼 赤楽茶碗 銘「眉寿」 楽旦入作 「清寧」(陰文重郭瓢印) 個人蔵(小) 清寧軒焼 赤楽茶碗 銘「眉寿」 楽旦入作 「楽」(陰文重郭円印) 個人蔵(小)
また、内箱の蓋表には、「南紀男山土/御茶碗赤/於御庭/「楽」(陰文重郭円印)吉左衛門/造之」と旦入自身が記し、やはり同じ小ぶりの「拝領印」を押しています。一方、内箱の蓋裏には、表千家10代の吸江斎(きゅうこうさい、1818-60)が長生きを示す「眉寿(びじゅ)」の銘と花押を記しています。
清寧軒焼 赤楽茶碗 銘「眉寿」 楽旦入作 内箱蓋表 個人蔵(小) 清寧軒焼 赤楽茶碗 銘「眉寿」 楽旦入作 箱書「楽」(陰文重郭円印) 個人蔵(小) 清寧軒焼 赤楽茶碗 銘「眉寿」 楽旦入作 内箱蓋裏 個人蔵(小)
このように、同じ楽旦入という作者でも、やきものの種類やその時期によって、使用するハンコを変えていることがわかります。
偕楽園焼 黄瀬戸写丸香合 楽旦入作 「楽」(陰文重郭円印) 館蔵514(小) 赤楽茶碗 楽旦入作 「楽」(陰文重郭円印) 館蔵101(小) 清寧軒焼 赤楽茶碗 銘「眉寿」 楽旦入作 「楽」(陰文重郭円印) 個人蔵(小)
また、治宝から拝領した「楽」という書のデザインをハンコにしている点も興味深いといえるでしょう。
それだけ、陶工にとってもハンコは大切なものであり、治宝から褒美に「楽」という書を賜ったことが、旦入にとってはひとつの自信につながり、また、ある種のステータスにもなったのだと想像されます。
書画のハンコだけではなく、やきもののハンコにも、人々の思い入れや、深い歴史がたくさんつまっているようなのです。
さて、次回のコラムでは、今回少し紹介した清寧軒焼のハンコについて、さらにくわしくご紹介したいと思います。(学芸員 安永拓世)
企画展 ハンコって何?
和歌山県立博物館ウェブサイト

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