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コラム「盗難被害を受け、所蔵者不明の文化財-見覚え、ありませんか?-」

コラム 盗難被害を受け、所蔵者不明の文化財-見覚え、ありませんか?-
 一体の仏像をご紹介したい。これまで、調査研究がなされていない、新出の作例である。
 像高55.8㎝、髪を丸い粒状にあらわし、薄い衣をまとって、豪華な台座に座って光背を背負った如来の像である。両手の親指と人差し指で輪を作っているので、阿弥陀如来であることが分かる。仏像の本体は、基本的には桧の一木から彫り出し、両足や手など体部から飛び出た部分を別材で作る、オーソドックスな技法である。その表面は漆で下地を作って平滑にし、彩色して仕上げてい、堅実な出来映えを示している。
 如来の標識である肉髻部(頭頂のこぶ)の段差がやや不明瞭であることは特徴的で、平安時代中ごろに類例が多い。頬に張りがあって眼光に鋭いところがあり、座り姿には緊張感を残している。ただ、平安時代後期の仏像に特徴的な、穏やかで円満な表現への志向も現れており、こうした特徴からおよそ10世紀末から11世紀初めごろに造像されたものと判断される。当該時期の作例は県下では決して多くはなく、和歌山県の仏像を考える上で重要な位置付けにあるといえる。
 しかし残念なことに、この仏像がどこの寺に伝えられてきたものなのか、現時点では判明していない。実は、かつて盗難被害を受け、所蔵者不明のままとなっている、悲劇の仏像なのである。
 和歌山県では、平成22年から翌年にかけて、山間部の小さな寺院・神社、お堂を中心に、仏像など文化財の盗難被害が集中的に発生した。この間、警察への被害届があったものだけで60件あり、被害届のなかった事例もあったと想定されるので、その数はさらに多かったと考えられる。
 平成23年4月、ようやく文化財の連続窃盗犯は逮捕された。犯人の手元に残されていた仏像等は証拠資料として押収され、また売り払われていた文化財の一部も提供された。捜査の進展とともに、所有者の判明したものについては順次返却されていったが、犯人の裁判が終了した後も、所蔵者不明のままの資料が一定量残ってしまった。これらは所蔵者不明とは言え、和歌山県の歴史を伝える重要な資料群である。警察での保管期限の後は、和歌山県立博物館が引き継いで保管することとなった。小さな部品も含めて総数43点あり、先の阿弥陀如来坐像はそのうちの一つである。
 和歌山県立博物館では、これら盗難被害を受けた文化財を元の所蔵者に戻せるように願い、企画展「文化財受難の時代―いかに守るか―」で、その全てを公開している。文化財の盗難被害を受けた地域の方を始め、多くの人に情報を共有していただき、所蔵者発見につながるあらゆる情報を、なにとぞお教え頂きたい。(学芸員 大河内智之)
所蔵者不明の阿弥陀如来坐像 所蔵者不明の阿弥陀如来坐像
所蔵者不明の文化財(全体)
所蔵者不明の文化財(和歌山県立博物館保管)

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