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博物館講座を開催しました

 今日(17日)13時30分から博物館講座を行い、45人の方の参加がありました。笠田地域からもたくさん来ていただきました。
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今回のテーマは「カセ田荘の開発と文覚井」です。
まず、カセ田荘と文覚井の位置を確認しました。
「1 描かれたカセ田荘の景観」では、
 中世カセ田荘の村落景観を描いた二枚のカセ田荘絵図(神護寺本と宝来山神社本、いずれも重要文化財)、近世の村落景観を描いた慶安三年賀勢田荘絵図について、描かれている景観を読み解き、そこから作成された背景について考えてみました。
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 そのうえで、慶安三年(1650)賀勢田荘絵図に描かれた文覚井(三本の用水路)はいつ開削されたのか。カセ田荘絵図(神護寺本・宝来山神社本)に描かれた田地との関係はどうみればいいのか。文覚井の名前の由来となった鎌倉時代に活躍した僧である文覚との関係はどうか、などの疑問を示しました。
「2 カセ田荘の開発はどのように行われたか」では、三つの時期に分け、カセ田荘の開発状況を考えました。
 12世紀末~13世紀初め
 文治元年(1185)のカセ田荘検田取帳を手がかりに、カセ田荘東部では池水灌漑(溜池)を中心に、カセ田荘西部の静川地域では河川灌漑(二ノ井)が中心に開発が行われたことをお話しし、カセ田荘東部で行われていた池水灌漑の痕跡が、堂田川と主花谷合流付近で確認されることを紹介しました。
 15世紀~16世紀
 カセ田荘東部に居住した是吉という土豪に注目しました。
木村家代々肖像画>(画像をクリックすると拡大します)
  木村家代々肖像画 山田龍山筆 一幅
  紙本著色 縦62.0㎝ 横119.9㎝
  明治8年(1875)
  個人蔵
 神護寺のカセ田荘への支配が弱まる一方で、カセ田荘域に住む是吉が台頭します。是吉は、高野山との結びつきを強めながら、カセ田荘域での土地集積を進めていきます。土地集積の前提として、是吉は一ノ井の整備にも深く関わりました。一ノ井の整備とは、具体的には、従来からあった池水灌漑の水路に、穴伏川から取水する水路を接続することで、河川灌漑用の水路としての一ノ井を完成させたことです。このとき一ノ井の取水口を二ノ井の取水口よりも上流に設定しなければならず、静川荘との新たな水争いが発生したようで、カセ田荘では自らの主張を裏付ける文書が必要になったようです。その文書も残されています。
 16世紀末~18世紀初頭
 天正17年(1589)ごろに行われた木食応其による太尾池の拡張工事、宝永5年(1708) に大畑才蔵による小田井開削の第一期工事(小田村~名手市場村)を紹介しました。小田井が開削される以前の17世紀前期はカセ田荘と静川荘との水争いが激しくなる時期で、神願寺に残された文覚上人像を例に、この時期に賀勢田荘と文覚上人とを結び付けようとする動きがみられるようになったと指摘しました。
D3A_1452.jpg(画像をクリックすると拡大します)
  文覚上人像  一幅
  絹本著色 縦95.3㎝ 横36.1㎝
  江戸時代(17世紀)
  神願寺蔵
 以上については、、特別展図録で詳細に紹介しています。是非ご覧下さい。
 最後に、文覚井を取り巻く現状を、文覚井一ノ井を例に写真をご覧いただきました。
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記念講演会開催のお知らせ
日時 11月24日(日)13時30分~15時 
講師 服部英雄氏(九州大学教授)
演題 「紀伊国カセ田荘の歴史と文覚井」
会場 笠田ふるさと交流館(かつらぎ町笠田東396-3 電話0736-22-1004)

なお、講演会に関する問い合わせは県立博物館まで(073-436-8670)
事前の申し込みは要りません。
和歌山県立博物館ウェブサイト
(主任学芸員 前田正明)

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