前のコラムに続いて、
熊野観心十界曼荼羅に描かれている地獄について、紹介しましょう。
まず、熊野観心十界曼荼羅という名前について。
「観心」とは自分の心のなかをよく観察すること、
「十界」とは、迷いと悟りの世界を十種に分けたもののことです。
この絵のなかには、悟りの世界である仏界・菩薩界・声聞界・縁覚界と、
迷いの世界である人界・天上界・修羅界・餓鬼界・畜生界・地獄界があり、
その様子も描かれています。
(修羅界) (餓鬼界)
熊野観心十界曼荼羅の上部には、老いの坂といって、
人が生まれてから亡くなるまでの道のりが描かれています。
この絵で今、自分が人生のどこら辺に位置し、
また自分の亡くなる時期、地獄への距離を感じたのでしょう。
絵の下の方には、見るも恐ろしい地獄の風景がたくさん描かれています。
(針の山) (衆合地獄)
(血の池地獄) (両婦地獄)
(刀葉林) (不産女地獄)
生前の行いにより、このような地獄に落ちてしまうというのです。
しかし、一方で、救いもありました。
(如意輪観音の救済) (地蔵の救済、橋の下には三途の川)
このように、地獄の恐ろしさを強調しつつも、
一方では救いの方法があることを説明することで、
聞く人達に神仏への信仰心を起こさせるような語りを
熊野比丘尼たちはしていたのです。
また地獄に落ちて苦しんでいるのが、
多くの場合、夫婦・親子(特に女性がメイン)で描かれているのも特徴的です。
自分の家族が落ちてしまう地獄を意識することで、
先祖や早くに亡くした子供を供養し、家族を大切にすることの大事さも、
この絵は語っているのです。
(学芸員 坂本亮太)