加納家は、三河国加納村(現在の愛知県豊田市)に居住した松平泰親(泰親から7代後が徳川家康)の6男久親が始まりとされます。
加納家系譜 和歌山県立博物館蔵 〔展示番号26〕
慶長13年(1608)、加納平右衛門久利は家康から200石の知行が与えられました。
加納家旗指物図 和歌山県立博物館蔵 〔展示番号28〕
その後、久利は頼宣に付けられ、元和5年(1619)頼宣の紀伊入国に同行し、紀伊藩士となっています。
家康の命によって、久利の家督は直恒(鈴木五郎兵衛次男)が継ぎ、久利長男の久政は分家となりました。
直恒は2000石の知行が与えられ、三の丸の一角に屋敷を構えたようです。
現存する加納家資料は、近世から近代までに及び、その内容も知行目録などの知行に関するもの、家譜や由緒書などの系譜に関するもの、茶会や和歌など文芸活動に関するもののほか、書画類も残されています。
加納政信任大隅守口宣案 和歌山県立博物館蔵 〔展示番号30〕
平成28年(2016)、ご子孫の方から当館に寄贈されました。
紀伊藩の武家文書の散逸が著しいなかで、上級家臣の資料として貴重なものといえます。
つづく
25日(日)、午後1時30分からミュージアムトークを行い、14人の方の参加がありました。
次回のミュージアムトークは7月9日(日)です。
(主任学芸員 前田正明)
→企画展「紀伊徳川家の家臣たちⅡ」