今回の「ハンコの基礎知識」は、ハンコに文字をあらわす方法と、その呼び方についてご紹介したいと思います。
ハンコに文字をあらわす方法は、大きく分けて、次の二種類があります。
①陰文(いんぶん)
ハンコの文字の部分をへこましてあらわす方法です。「陰」には、「へこんでいる、凹(おう)になっている」という意味があります。「文章(文字)」の部分が「へこんでいる」ので、「陰文」です。ハンコを押すと、「文章(文字)」の部分が「白く」なるため、「白文(はくぶん)」とも呼ばれます。また、ハンコ自体を見ると、文字の部分をへこまして彫刻しているので、「陰刻(いんこく)」と呼ばれることもありました。今回の展覧会では、「陰文」という表記で統一しています。
真砂幽泉使用印「真幽泉印」(陰文回文方印)個人蔵 一番右は、印影
②陽文(ようぶん)
ハンコの文字以外の部分をへこませて、文字の部分を浮き出させる方法です。「陽」には、「出っ張っている、凸(とつ)になっている」という意味があります。「文章(文字)」の部分が「出っ張っている」ので、「陽文」です。朱肉(しゅにく)をつけてハンコを押すと、「文章(文字)」の部分が「朱色」になるため、「朱文(しゅぶん)」とも呼ばれます。また、ハンコ自体は、文字の部分を彫り残して浮き出して彫刻しているので、「陽刻(ようこく)」と呼ばれることもありました。
真砂幽泉使用印「友親」(陽文方印)個人蔵 一番右は、その印影
上でご紹介したハンコは、田辺の大庄屋の家に生まれ、若いころ京都へ出て京都の狩野派の絵師である鶴澤探索(つるざわたんさく、1729-97)に絵を学んだ真砂幽泉(まなごゆうせん、1770-1835)という絵師が使ったハンコです。
こうした陰文と陽文は、ハンコの種類や用途によって使い分けられました。
前回のハンコの基礎知識「ハンコが押される位置とその区別」でご紹介した作品を復習しながら見てみると、
七言絶句書 祇園南海筆 風竹図 桑山玉洲筆
たとえば、落款印(らっかんいん)には、たいてい二つのハンコが上下に押されますが、
上側に押される正式な落款印には、陰文のハンコが用いられ、下側に押される落款印には、陽文のハンコが用いられました。
また、関防印(かんぼういん)や遊印(ゆういん)には、陽文のハンコが用いられることが多かったようです。
現在、私たちが使用しているハンコの大半は、名前が朱色になる陽文印ですが、中国や江戸時代における名前や雅号を示す落款印は、陰文印の方が格が高く、正式な落款印とみなされていたようです。
先に紹介した真砂幽泉のハンコが押されている作品を見ても、
やはり、上側に陰文印、下側に陽文印が押されています。
さて、今回も、少し難しかったかもしれませんが、こうした現在のハンコとの違いを見てみるのも興味深いといえるかもしれません。
また、自分でハンコを作るときにも、陰文印にするか、陽文印にするかの選択は、ハンコの文字の配置などを考えるうえで、とても重要になります。
ところで、今回紹介した真砂幽泉使用印の「真幽泉印」は、じつは、文字を読む順番が少し変わった「回文印(かいぶんいん)」と呼ばれるハンコです。
この回文印については、次回の「ハンコの基礎知識」でご紹介しましょう。ぜひ、ご期待ください。(学芸員 安永拓世)
→企画展 ハンコって何?
→和歌山県立博物館ウェブサイト