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台湾の壺 ―祖父と私をつなぐもの―

和歌山県立博物館友の会マイミュージアムギャラリー
第3回展示 「台湾の壺 ―祖父と私をつなぐもの―」
【出陳者】 藤原 光子
【展示期間】 平成19年10月20日(土)?平成20年1月18日(金)
マイミュージアム3 画像クリックで拡大します。
【資料をめぐる思い出】
「私の祖父は、大正時代、台湾総督府で統計官として勤めていました。この壺は祖父が台湾で手に入れ大事にしていたもので、「セイバンの壺」と呼んでいたものです。
 台湾で、祖父の部下が当時大流行したスペイン風邪にかかって亡くなり、そのお葬式に参列した一週間後、祖父も同じくスペイン風邪によって亡くなりました。その後、本土への引き上げの時、大事に持ち帰ったそうです。
 実は私は祖父を見たことがありません。でも、残されたこの壺を通じて、祖父とのつながりを感じています。」
【学芸員の一口メモ】
  日本は、日清戦争後の明治28年(1895)から昭和20年(1945)まで、台湾を植民地として支配しました。台湾総督府は台湾の現地支配にあたった官庁です。
 「セイバンの壺」と呼ばれてきたこの壺ですが、セイバンとは「生蕃」のことで、清国統治時代の、台湾の山中や離島に住む原住民族の総称でした(ただし「蕃」は蔑称です。ここでは資料の歴史的な背景を明確にするため、この文字を使用していることをお断りします)。日本統治時代は高砂族とも呼ばれました。
 高砂族と呼ばれる原住民族は九つに分類されますが、そのうち排灣(パイワン)族では、首長が神器としての壺を持つ事例があります。その他の部族でも、水を満たした壺を神の依り代とする事例があります。あるいはそういった神事に関わる壺の可能性もありそうです。
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